2024/5/3(金)日記
2024/5/3(金)日記 旅行第五日目 最終日、沖縄へ帰るのを見送り
今日はKNさんが沖縄に帰る日。朝8時頃、下の階にある床の間のある部屋に起こしに行ったが、既にKNさんは起きていた。畳の上に布団と言う純和式スタイルの我が家で一晩泊っていただいたが、どうやら熟睡できたようで良かった。家内とお婆ちゃんは朝食の準備で忙しかったが、手を休めてもらって、リビングで家族全員集まって、彼の携帯電話のYouTubeで、キリスト教放送 「デイリーブレッド」聖書の短い講話を聞いた。祈りを捧げ、朝礼拝をした。お婆ちゃんは後で、「KNさんは何と信仰熱心な方でしょう」と驚いていた。
まだ朝食まで時間がかかりそうなので、朝礼拝後、いつも私が近所を散歩しているコースをKN さんと歩くことにした。自宅のある八王子市K町の南に位置する高台は、上り切ったところだけ東西に約横400㍍、南北に縦50~60㍍ほど、ほぼ平らになっていて、1周15分ぐらいで、快適に歩ける。今日、5月3日の憲法記念日は大変良い天気だった。1周して短い朝の散歩から帰ると、朝食が出来上がっており、すぐに食卓に着いた。塩鮭の切り身の焼き魚、ご飯、みそ汁と、和食そのものだった。朝食の前後だったが、今は故合って教派は異にすることなったHY先生(三育学院の先輩)からKNさんの携帯に電話があり、(KNさんが沖縄から八王子に来ていたのは全くの偶然)、今日帰りに羽田空港で短い時間会う約束をしていた。
なるべく早く帰りの羽田、ANA16:55発沖縄便に余裕を持って行かなければならないし、HY先生に会う時間も考えると、予定よりも1時間早めて、八王子駅には13時には送って行けるように予定を立てた。まだこの時、午前10時前だったので、我が家の庭に咲いている、花々を写真に撮ったり、お婆ちゃんと、家内と話をしていた。さて、ラゲージバックを車に積んで、近所にある「片倉城跡公園」に行くことにした。車で行けば5分くらいで行ける、小さいが緑豊かな公園です。そこに着くと今日は祝日であるので、多くの年配の方々が、散歩したり、花々を鑑賞したり、ベンチに座っておしゃべりをしたりして楽しんでいた。天気も良く、暖かで、静かな、穏やかなひと時、最後の旅行の時間を、この公園で有効に過ごせたことは、私にとっても楽しい思い出のひと時となった。https://www.city.hachioji.tokyo.jp/shisetsu/009/p011931.html
園内は、小さな池がいくつかあり、錦鯉が泳ぎ、亀がたくさんいて、良い天気なので甲羅干しをしていた。黄色の菖蒲の花があちこちに咲いていて、美しかった。園内をゆっくり1周していると、既に12時半くらいになったので、散歩を切り上げ、帰途に着き、もう一度我が家によって、お婆ちゃんに別れの挨拶をしてもらった。八王子駅に送るにあたって、駅ビルで、ついでに家内が買い物をすれば、駐車場を利用するのが好都合なので、家内も一緒に車に乗ってもらった。また、だいぶ以前私があげたスイカカードをお婆ちゃんが全然使っていないので、お婆ちゃんから返してもらい、KNさんに使ってもらうことにした。こうすれば山手線浜松町駅から東京モノレールへの乗り換えもスムースにいき便利だ。
別れの挨拶は、幾分か寂しいものだ。特に今年1月満98歳になったお婆ちゃんにとっては、尚更のこと。KNさんとは、天国で再会するまで、生きて会えるこれが最後になるかも知れない。5分ほどで八王子駅ビル(セレオ)の地下駐車場に着いた。車からキャリーバッグを取り出し、地下1階の駐車場からエレベーターで駅ビルのストアと改札の連絡通路になっている2階に行った。家内は駅ビル内のストアで買い物をするので、そこでKNさんとのお別れとなった。
私達2人は、通路を通って八王子駅改札口まで行った。まず改札口反対側にある切符売り場の、発券する機械でスイカをチャージした。使い方を教えてあげ、改札機のところまで行き、スイカがちゃんと使えるか見届けた。KNさんとはこれでお別れになった。
今回の那須塩原及び八王子高尾山の旅行は、少しスケジュールを詰め込み過ぎて慌ただしかったかも知れない。歯科医院を一人でやっておられる(もちろん歯科衛生士やそのほかのスタッフは数人いるが)KNさんが沖縄を出られるのは5年ぶりのことだ。休日には沖縄の中では、休みの日を利用して、北部に良く旅行に行っているらしいが、本土の旅行は久しぶりで、私も出来得る限り、計画を立て、旅行の補佐をしてあげた。KNさんも、「自分の旅行体験の中でも、1、2を争う程の、珠玉の体験となった」と喜んでもらえた。後で聞いたら、山手線、浜松町での東京モノレールへの乗り換えも非常にスムースで良かったそうだ。また、羽田の空港ビルで、麺類を食べながら、HY先生と1時間以上も歓談を、余裕もってすることが出来たと言っていた。帰りの飛行機も何事もなく、20時過ぎには自宅マンションに着いたそうだ。この旅は最初から最後まで、聖霊の守りを感じながら、過ごすことが出来て良かった。主を信じる者には『万事が益となる』と言う聖書の御言葉を実感できた。『神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。』(ローマ8:28)
最後に私がいつも聖書を読みながら、自己流解釈をして、書き溜めている文書の中(私の福音理解) から以下に一部を引用して、この旅行記を閉じたい。
『しかし、霊があなたがたに服従することを喜ぶな。むしろ、あなたがたの名が天にしるされていることを喜びなさい」。』(ルカ10:20口語訳)
神の御心に沿って思いを清め、倫理的な生活も含めて、自己犠牲的な神と人を愛する行動に時間を使い、また、深い祈りの中に、聖霊の臨在を求めて行くとき、身の回りに不思議な事が起こり始めます。『霊があなたがたに服従』して行くのです。日常の細かなことに、霊の介入を感じ、不思議な支配を体験し、御名に感謝と喜びを捧げることが出来ます。もちろんだからと言って、高慢になってはいけません。『むしろ、あなたがたの名が天にしるされていることを喜びなさい」』とイエスによって注意されています。天国に行けること、永遠の命が、恵によって与えられることが最も価値のある、喜ぶべきことなのです。しかしこのイエスの言葉、『霊があなたがたに服従する』は、私にとって、毎日の生活の中に実存的に主の御手が感じられる瞬間であります。信仰が楽しくなり、喜びに満たされて行く経験です。『御使たちはすべて仕える霊であって、救を受け継ぐべき人々に奉仕するため、つかわされたものではないか。』(へブル1:14口語訳)キリストを信じる者は、すべて仕える霊の御奉仕を遠慮なく受けて良いのです。主にある確信、私達のそばに神の御腕が差し伸べられている霊的感覚、それは増し加わる喜びの経験です。