ホームページ等からの重要事項ピックアップⅢ
Ⅲ. これまでこれまで書いて来たホームページ等の中から、信仰にとって重要だと思われる部分をピックアップして掲載します。前後の脈絡なく取り上げるので、理解できないところもあるでしょうが、敢えて自分の頭の整理のためにしました。冒頭に整理のため番号をつけ、短い表題を付けておきました。また( )の中は引用したホームページ本文の場所です。
①私にとって至福の時間とは(コリント第二の手紙の自己流解説下段より)
目に見えない第三位格の聖霊の神、言葉を変えて言えば、目に見えない形でのイエスの霊が、聖書の御言葉と一緒になって、私達の歴史や、個々の人生、個人の心の動機に至るまで、影響を及ぼし、実際に関与していることを考慮して行かなければ、キリスト教信仰は理解できない。
あなたがたの内におられるキリストを自覚し、理解し、祈りにうちに、霊的覚醒をもって、毎日を生きて行くことが重要です。ある意味それは、信仰生活の中心と言っても良い。男にも女にも、小さき者にも、大きな者にも、平等に、心に宿り、住み、その偉大な知識と権能をもって、また聖書の言葉を通して、教え導いて下さることが出来るイエスの現臨する、霊の確かさの中で、祝福の内に人生を進んで行こう。
『静まって、わたしこそ神であることを知れ。......』(詩篇46:10口語訳)
静かな心で、全く世俗から離れて、天を仰ぎ、父なる神から出て、キリストを通して注がれる聖霊を求め『...イエスは神の右に上げられ、約束された聖霊を御父から受けて注いでくださいました。......』(使徒行伝2:33新共同訳)とキリストの御名によって、同じ要求の祈りをしよう。聖霊のバプテスマを注がれることを心から願い、聖霊の内住と、臨在をいただく時間、心に静かに聖霊が語りかける小さな声に耳を澄ます事、聖霊に満たされる事、ただそれだけを求める事、その事が自分の考え方や、それに基づく行動の方向を指示する貴重な時間ではないだろうか。
第2のアダムとなったイエスの霊が、私達の日常の空間、物質第一主義の世俗を打ち破り、天からその支配を明確に関与させる時があります。地上においても、総ての赦しの中にキリストの臨在が感じられ、その義と命の支配が顕れるのです。『......キリストがすべてであり、すべてのもののうちにおられるのです。』(コロサイ3:11新共同訳)
神の霊を求め、イエスの救いを瞑想し、今イエスの愛を心に宿し、イエスのお力で、神と隣人を愛していくこと。自分の肉的な努力ではなく、ただイエスによって強められ、生きる事は全てキリストになり、キリストの内に生き、行動し、キリストを仰ぎ見ながら生きる時間こそが、魂に平安が感じられる時間です。それは肉の快楽と世俗の中で、刹那的な物質的楽しみを過ごしている時間とは全く違う質の出来事です。キリストの臨在と、内住を意識し、何を為すにも、キリストが全てとなる。こんな生き方をして行こう。こんな時間が私にとって至福の時間です。
②アポロに対するパウロの寛大な態度に驚かされる、コリント第一の手紙の背景(コリント第一の手紙の自己流解説最終段より)
コリント人への第一の手紙は、どういう目的で、誰が、いつ頃、どこで書いたのだろうか。時期としては紀元55年頃、第三次伝道旅行においてエペソ滞在中にパウロが書いた。
もう一つ前にコリント人へ宛て書かれた手紙があり(コリント第一5:9)、それは失われてしまい、これは実際は二番目の手紙であると言う説もあります。
口述筆記者はソステネ(コリント第一1:1)、書かれた目的はコリントの教会の信徒が抱える、たくさんの問題を正すためでした。
コリントはアカイア州の州都として当時は繁栄し、東にケンクレアの港があり、貿易で栄えた、商業都市であり、偶像礼拝も盛んな地であった。アフロディーテ(ビーナス)を祭る神殿は有名であり、さらに数世紀前の古代コリント時代には、神殿女娼が1,000人もいました。
コリント教会が抱えていた問題
- 党派心
- 男女間の不道徳な行い
- 信者同士の裁判沙汰
- 偶像礼拝に伴う肉食、菜食の問題
- 主の晩餐や礼拝における教会の秩序
- 賜物の乱用、復活を信じない人がいた
- エルサレムの貧しい聖徒らへの援助献金
パウロの第二次伝道旅行で、マケドニアの叫びの幻を見て、アジアからマケドニアへ渡ったのが紀元49年頃。
紀元50年頃パウロが不首尾に終わったアテネの宣教から、コリントへ渡り、宣教を始めた。ここには主の民が大勢いるとの幻による啓示があり(使徒行伝18:9~10)1年半も腰を据えて宣教した。コリントはユダヤ人ローマ人ギリシャ人が混在する、有力な教会であった。信徒も、マケドニアの教会に比べ、この世的にも豊かな人が多かったようだ。
最初の宣教から、5年たち、第三次伝道旅行で、パウロはエペソに滞在中、コリント教会に何やらもめごとがあることを聞き、この愛と譴責に満ちたコリント第一の手紙を、紀元55年頃涙ながらに書いた(コリント第二2:4)。
アポロが、しばらくの間コリントに滞在し、宣教をしていたようだ。 『ある人が「わたしはパウロにつく」と言い、他の人が「わたしはアポロに」などと言っているとすれば、あなたがたは、ただの人にすぎないではありませんか。アポロとは何者か。また、パウロとは何者か。この二人は、あなたがたを信仰に導くためにそれぞれ主がお与えになった分に応じて仕えた者です。わたしは植え、アポロは水を注いだ。しかし、成長させてくださったのは神です。ですから、大切なのは、植える者でも水を注ぐ者でもなく、成長させてくださる神です。』(コリント第一3:4~7)
コリントにおいて、パウロが自らの手でバプテスマを受けさせたせたのは、数名であった。『あなたがたはパウロの名によって洗礼を受けたのですか。クリスポとガイオ以外に、あなたがたのだれにも洗礼を授けなかったことを、わたしは神に感謝しています。だから、わたしの名によって洗礼を受けたなどと、だれも言えないはずです。もっとも、ステファナの家の人たちにも洗礼を授けましたが、それ以外はだれにも授けた覚えはありません。』(同1:13~16)
パウロが蒔いた福音の種を、アポロは水を注ぎコリント人の信仰を育てた。しかし、アポロはもしかすると、十分な福音理解には至っていなかったかも知れない。彼の影響で、党派心が起きた可能性があります。
『さて、アレクサンドリア生まれのユダヤ人で、聖書に詳しいアポロという雄弁家が、エフェソに来た。彼は主の道を受け入れており、イエスのことについて熱心に語り、正確に教えていたが、ヨハネの洗礼しか知らなかった。このアポロが会堂で大胆に教え始めた。これを聞いたプリスキラとアキラは、彼を招いて、もっと正確に神の道を説明した。』(使徒行伝18:24~26)
コリント教会はパウロの最初の宣教から5年たち、教会は成長していた。こんな有力な教会が、男女間の不道徳、党派心、偶像礼拝、異象を伴う聖霊の賜物の乱用、飲酒の影響等で混乱をていしていた。集会において教会の秩序がなくなり、サタンが色々な邪説まで持ち込み、復活を信じない信者まで出てきた。
さて、第三次伝道旅行で、エペソでの2年と3ヶ月以上に及んだパウロの宣教は、結果として紀元55年頃アルテミス神殿をめぐる、大騒乱を招いた。この騒動が収まってから(使徒行伝20:1)、エペソを離れ、パウロはトロアスから船出し、マケドニアへ渡り、陸路、ピリピへ着いた。そこでテトスに会い、第一の手紙を読んだコリントの人々が罪を悔い改め、パウロを慕っているという、大変うれしい便りをテトスから聞くことが出来た。
紀元56年頃パウロはピリピでコリント第二の手紙を書き(推測である)、自分が神によって任命された使徒の権威をもっていることを、あらゆる面で強調した。テトスに折り返し第二の手紙を持たせて、エルサレムの貧しい聖徒に対する援助献金の依頼を込めて、コリント教会に、数人の弟子たちと共に、先に派遣した。
その後、パウロはコリントに着くと、コリント人への第一の手紙16章に書いてある通り(コリント第一16:5~6)ある程度の期間コリントに滞在し、教会の正常化に励んだことであろう。
コリントはアカイア州の州都であり、ケンクレア港の貿易で栄えた、豊かな商業都市であった。従って、信者の中にもかなり裕福な人達がいた。エルサレムの貧しい聖徒に対する援助献金も、ピリピ教会をはじめ貧しいマケドニアの緒教会に比べ、多くの額をパウロは期待していたに違いない。16章でも、週の初めの日に援助献金を生活費とは別に取り分けておくようにわざわざ言及しています(コリント第一16:2)。
この三回目のコリント滞在中、紀元57年頃パウロは、ローマ人への手紙を書いたと推測される。この後、パウロはエルサレムの貧しい聖徒に対する援助献金を届けにエルサレムを目指して上って行く。ローマ15:27~28を読むと、エルサレムの聖徒達へ援助献金を確実に手渡してから、ローマの信徒達に会い、その後イスパニア宣教を計画していたことが分かる。しかし、コリント第一16:3~4を読むと、どうも最初、エルサレム援助献金は使者に持たせてエルサレムに届けたかったようだ。実際にはパウロ自身がエルサレムへ上り、エルサレムで捕らわれの身になり、紆余曲折を経てローマに着くことになる。ローマ到着は最後のコリント滞在より数えて、5年後の紀元62年頃である。
コリント教会からは、初穂のステファナの一家やその他数名の兄弟たちが、エペソ滞在中のパウロの下に、宣教の手助けのために来ていて(紀元53~55年頃)、パウロは非常に助かっていた(コリント第一16:17)。
パウロはコリントの教会の人々のことが、最も気にかかり、心配していたのではないか。パウロは第一、第二、第三次伝道旅行で、数々の教会を設立して行った。エペソ、ピリピ、テサロニケ等があり、それぞれ、彼が書簡をそれらの教会に宛て書いた手紙が新約聖書になって残っている。ガラテヤの緒教会の人々などは、律法主義に陥ってかなり危うい信仰の状況にあったようだ。エペソやテサロニケ教会のように非常に、信仰が健全で、褒められている教会もあった。
コリント人への第一の手紙、第二の手紙は合計29章に及ぶ長文の書簡です。これはいかにパウロが多くの祈りと力をコリント教会のために費やし、心配してきたかを物語っています。その量はパウロの書簡の実に4分の1を占めています。
一般的な例えだが、賢い立派な子供は親の自慢であり、もちろん愛している。しかし、親は出来の悪い子供ほど心配で、いつも気にかかり、人間的な言い方であるが、さらに余計に愛するのです。パウロのコリントの人々に対する気持ちは、どうもそのような気持ちではなかっただろうか。『わたしは、悩みと愁いに満ちた心で、涙ながらに手紙(コリント第一)を書きました。あなたがたを悲しませるためではなく、わたしがあなたがたに対してあふれるほど抱いている愛を知ってもらうためでした。』(コリント第二2:4)
神学的な重要さや、啓蒙に関して言えば、ガラテヤ人への手紙やローマ人への手紙には遠く及ばないと思うが、しかし、コリントへ宛た二つの手紙は、教会とはどんなものか、また、信仰に入ったとは言え、人間は色々な過ちを犯す可能性がある、実に愚かな者であることを教えてくれます。また、教会の秩序、運営等に関して、この手紙は、私達に様々な教訓を与えてくれます。
最後に、コリント教会の仲たがいの原因である一端、党派心をもたらしたと考えられるアポロが、譴責目的で書かれた第一の手紙執筆中(紀元55年頃)のパウロと共にエペソにいた事実には驚かされます(コリント第一16:12)。この時、アポロは既に、コリント教会からエペソへ帰って来ていました。
また余談になるがプリスキラとアクラもこの時点ではパウロと共にエペソに滞在していた(同16:19)。彼らはパウロがエルサレムに向けて出発してから、もといたローマに帰ったようです。
雄弁家アポロを主にある兄弟としてパウロは尊敬し愛していたと考えられます。パウロの心の広さと、愛情深さを感じられる一節があります。 『兄弟アポロについては、兄弟たちと一緒にあなたがたのところに行くようにと、しきりに勧めたのですが、彼は今行く意志は全くありません。良い機会が来れば、行くことでしょう。』(コリント第一16:12)
パウロはアポロに、コリント教会では、今まで色々なゴタゝがあったのだろうが、もう一度コリントの兄弟達に、会って親交を深めたらどうかと勧めた。しかし、アポロは、何か心のわだかまりがあって、コリントに行くことは全く考えていないようであった(心ならずも党派心を生じさせた後悔があったのだろうか)。
同じキリスト教信仰に歩みながらも、しかし人間は感情の動物です。何かの人間的な事件、行き違いの中で、必ずしも心がしっくりいかなくなり、信仰を同じくしていても、お互い同士の中で疎遠になってしまうこともあります。
私の52年間の信仰生活の中でも、何度かそのようなことを経験しています。性格にもよるだろうが、福音のためとはいえ、何らかの失敗、争い、人間的な施策や、考え方の違い、教理の解釈、あるいは組織の中の止むを得ぬ行政措置等によって、私達の繊細な心の奥の方に、気が付かないうち、あるいは自覚的に、深い傷が出来てしまうこともあります。
信仰の兄弟同士であっても、「あの人とはあまり会いたくない」などと軋轢が生じてしまう。何と人間は小さく、弱く、脆い存在であろうか(これは田中清二、自分のことを言っている)。そうであってはいけないと思いながら、つい、どことなく他人行儀で、よそよそしく振る舞うようなことになってしまう者なのです。
しかし、イエスはこんなに弱い、小さな取るに足りない土の器を赦し、清め、受け入れてくださっているのです。このイエスにしっかり結び付くことによって、やがて、時間はかかっても、心のわだかまりは、それがどんなものであっても、取り去られ、お互いに手を取り合って、信仰の兄弟として励まし合える時が来ると信じています。「過去、色々あったけど、あなたも私もイエスにあって、一つになろうよ」と、お互い言い合える日が来るようになると確信します。こだわっているのは相手の方ではなく、私自身の小さな心なのですから。
『人の心を見抜く方は、"霊"の思いが何であるかを知っておられます。"霊"は、神の御心に従って、聖なる者たちのために執り成してくださるからです。神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。』(ローマ8:27~28 )
③ガラテヤ4章の自己流解説を改めて再掲
ガラテヤ人への手紙4章
ガラテヤ人への手紙で、諸霊のもとに縛られていたとする表現があります。たとえ相続人であっても、未成年のうちは、後見人の管理下に置かれているのです。この後見人とは何か?ときには律法(礼典律、道徳律を含む)であり、単なる文化的慣習であり、もしかすると諸霊とあるので、人間の考えだした哲学や、あるいは異なる霊による、宗教的影響かも知れません。
『同様にわたしたちも、未成年であったときは、世を支配する諸霊に奴隷として仕えていました。』(ガラテヤ 4:3)
『しかし、今は神を知っている、いや、むしろ神から知られているのに、なぜ、あの無力で頼りにならない支配する諸霊の下に逆戻りし、もう一度改めて奴隷として仕えようとしているのですか。あなたがたは、いろいろな日、月、時節、年などを守っています。』 (同 4:9~10)
彼らが守っていた、諸々の霊による、宗教的習慣とは一体何だったのでしょうか。
『いろいろな日、月、時節、年などを守っています。』とあるので、偶像教及びユダヤ教を含めた様々な記念日、宗教儀式ではなかったかと、私は推測します。
旧約聖書の中には、代表的なものは過ぎ越しの祭りを始めとして、新月を祝ったり、ラッパの祭り、贖罪日、仮庵の祭り、ヨベルの年等々、色々な記念日、それに伴う祭り、特別安息日等が定められていました。幕屋の燔祭をささげる儀式、清めの儀式等々数え挙げたらきりがありません。ガラテヤの人達はもともとは偶像教徒が多かったのでしょうから、偶像教がもとになった祝祭日や、習慣も多々あったことでしょう。それらを守ることによって、実際は頼りにはならないのですが、何らかの、日本的に言えば、神仏の加護があると考えていたのでしょう。
しかし、もはや新約時代に入って、イエスが十字架にかかり、それらの形式的な様々な儀式、祭日、習慣等を廃されたのです。神はキリストの仲保を通して、宗教経験の実相をハッキリ、直接的に、御霊の感化のもとに経験することをお許しになったのです。直に、遠慮なく、確信をもってキリストの贖いに触れることが出来るようになったのです。 それなのに 『むしろ神から知られている』のに、何故また廃された、様々な儀式を含む外的な宗教経験の中に帰って行こうとするのか、不思議でなりません。
実は私達日本人も、置かれた状況は当時の人々とさほど変わりはありません。夏祭り、秋祭り、お盆の入り、お盆の中日、お盆の明け、正月、松飾、松の内、七草がゆ、雛祭り、七五三に端午の節句、甘茶かけ(灌仏会)、ハーリー、クリスマス、ハローウィン等々もう訳も分からなくなっている様々な、神道、仏教、キリスト教、地付きの宗教、その他に由来する、儀式や習慣を守っているではありませんか。
同様の問題をコロサイ人への手紙で扱っているのでのこの部分を、改めて振り返って見たいと思います。
『人間の言い伝えにすぎない哲学、つまり、むなしいだまし事によって人のとりこにされないように気をつけなさい。それは、世を支配する霊に従っており、キリストに従うものではありません。』( コロサイ2:8)
『規則によってわたしたちを訴えて不利に陥れていた証書を破棄し、これを十字架に釘付けにして取り除いてくださいました。』( コロサイ2:14)
『だから、あなたがたは食べ物や飲み物のこと、また、祭りや新月や安息日のことでだれにも批評されてはなりません。これらは、やがて来るものの影にすぎず、実体はキリストにあります。』( コロサイ2:16~17)
『「手をつけるな。味わうな。触れるな」などという戒律に縛られているのですか。これらはみな、使えば無くなってしまうもの、人の規則や教えによるものです。これらは、独り善がりの礼拝、偽りの謙遜、体の苦行を伴っていて、知恵のあることのように見えますが、実は何の価値もなく、肉の欲望を満足させるだけなのです。』( コロサイ2:21~23)
人々は、様々な規則、決まり、苦痛を伴ったり、一見知恵あるように見えるけれども、何の価値もないものに囲まれて暮らしています。
礼典律の祭りに付随した特別な安息日を守ったり(週の7日目安息日以外のユダヤの各種祭りに伴う特例安息日と解釈するが、他の意見もあるかも知れない)、食物の禁忌規定を魂の救いのために守ったりしています(健康のためには食べ物に注意はすべき。添加物等が多い現代では、昔以上に十分注意する必要があります。しかし、飲食物は救いの手段ではない。肉体を健全に維持するためのものと明白に割り切ろう)。
パウロはそれらをこの世から出た諸々の霊から発したもの、言い伝え、騙しごとに過ぎない人間の哲学等として、排除しています。偽りの謙遜、身勝手な礼拝、様々な苦行、天使礼拝、幻を見たことの自慢、手をつけるな、味わうな、触れるな、肉の割礼を含めて、そんなものはもう古い証書として十字架で廃されてしまった。武装解除されてしまった。そんな難行苦行を伴う様々な儀式形式、人間の考えだした一見知恵のあることに見えるような規則、それらは全て十字架で廃されてしまったと言っているのです。
むしろ、自分の肉を十字架に磔てしまい、キリストと共に新しい復活の霊の命に生きなさい、新しく造り変えられた人として、キリストと共に生きなさいと言っているのです。
あなたがたが受けたバプテスマは何だったのですか。あの水の中に沈んだ時、水の中に葬られ、もうあなたは死んだことにされたのです。水から上がって来た時、新しい命に復活したことにされているのす。このことを認め、そのようになることを信仰によって信じて行きましょう。十字架と復活の経験を通して、イエスのした体験を共に味わい、変えられて行くことこそ信仰の隠された神秘なのです。
古き自分をキリスト共に十字架に毎日磔刑すること、今肉の私をキリストと共に磔よ。古き自分、ねたんだり、憎んだり、肉欲的な事にとらわれ、物の欲、目の欲に縛られている自分を十字架にキリストと共に葬りなさい。嘘、怒り、憤り、悪意、そしり、恥ずべき言葉、貪欲(偶像礼拝)みだらな行い、悪い欲望、不潔な行い、不自然な情欲、それらをすべて十字架に磔にしてしまいなさい。あなたがたはすでにキリストにあって死んでいるのです。『あなたがたは死んだのであって、.........』(コロサイ3:3)
要するに、言葉を変えて言えば、形骸化した古い宗教儀式、人間の空しい哲学、規則、それらの無力な何の価値もない、諸々の霊力に頼ることを止めて、キリストに結びつくことの大切さをパウロは強調しているのです。
『あなたがたは、主キリスト・イエスを受け入れたのですから、キリストに結ばれて歩みなさい。キリストに根を下ろして造り上げられ、教えられたとおりの信仰をしっかり守って、あふれるばかりに感謝しなさい。』(コロサイ2:6~7)
『...あなたがたは、キリストと共に復活(霊的に)させられたのですから、上にあるものを求めなさい。.........』(コロサイ3:1)
キリストにある愛、平和、喜び、満ちあふれるばかりの感謝、隣人愛の実行、キリストを心の内に住まわせ、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを瞑想し、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかることを求めて、新しい生き方をしなさいとパウロは勧めているのです。
『神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるように。』 (エペソ3:19)
『互いにうそをついてはなりません。古い人をその行いと共に脱ぎ捨て、造り主の姿に倣う新しい人を身に着け、日々新たにされて、真の知識に達するのです。そこには、もはや、ギリシア人とユダヤ人、割礼を受けた者と受けていない者、未開人、スキタイ人(文明人)、奴隷、自由な身分の者の区別はありません。キリストがすべてであり、すべてのもののうちにおられるのです。』(コロサイ3:9~11)
これこそ、ガラテヤ人への手紙でパウロが言っている、『キリストがあなたがたの内に形づくられる』ということなのです(ガラテヤ4:19)。キリストに聖霊によって常に結ばれて行くとき、私達の心の中には、キリストがお住まいになり、私達は段々キリストに似る者となって行くのです。
繰り返しになるが、律法の下にいたいと思っている人はどんな人か。形式的に、文字面に拘り、自分の力で、キリスト抜きに、生まれつきの、新生していない肉の努力で、神の義を全うできると思っている人です。キリストの恵みの下から離れ、自己の義を神の前に立てようと、思っている人です。『わたしには、律法から生じる自分の義ではなく、キリストへの信仰による義、信仰に基づいて神から与えられる義があります。』(フィリピ3:9)と言うパウロの信仰と、反対の生き方をしている人です。神から与えられる100%の義以上の義があるでしょうか?
自己の義に頼る人は、ハガルに属し、シナイ山で戴いた、十戒を表面的に守っていると思い込み、ユダヤ民族の著しい印である割礼、さらに既に廃された、諸々の礼典律法の下にいる者です。その子イシマエルと共に、数々の戒律、規則、習慣によって義とされようとする、奴隷の子になっているのです(十戒を表面的に守って、自己の力で、キリスト抜きで義とされようと言う生き方と、様々な礼典律法の遵守と、諸々の虚しい哲学や、諸霊による異邦の宗教的祭事を頼りにしていることを含む)。
しかし、聖書は何と言っているか。『女奴隷(ハガル)とその子(イシマエル)を追い出せ、』(ガラテヤ4:30)このような生き方は、神の約束を受け継ぐものではない。神の約束、あなたとあなたの子孫(実はキリストを指している)に継がせると言われた、約束の子供は、サラから生まれた、信仰によって与えられた子イサクであった。
アブラハム100歳、不妊の妻90歳、枯れてしまった身体なのに、アブラハムの神の約束を信じる信仰は弱らなかった。言わば肉の死んだ身体から、神の復活の力を信じて、約束の子供を授かったのです。 私達も神がキリストを死から、復活させられたと、信じるなら、その信仰によって救われます。原則は同じなのです。イエスの復活を信じ、自分も霊的復活を経験し、霊によって生きて行く信仰を持つ者が約束の子となれます。キリストが誰よりも約束の子であり、私達もキリストの兄弟として、約束の子の仲間入りをすることとなります。
信じることによってのみ、信仰によってのみ義とされるのです。恵みの下、イエス・キリストの下にいること、これが救いの根拠です。
女奴隷の子が、霊によって生まれた子を迫害しました。今でも同じで、肉によるイスラエル、イエスを受け入れない肉の人達が、霊の人達、すなわちキリストを受け入れ霊的イスラエルになった者を迫害している(見かけ上のクリスチャンが、霊的クリスチャンを迫害していると受け取ることもできよう)。
『要するに、兄弟たち、わたしたちは、女奴隷の子ではなく、自由な身の女から生まれた子なのです。』(ガラテヤ4:31)
『主の霊のあるところには、自由がある。』 (コリント第二3:17口語訳) 聖霊の支配するところには内的な自由があります。
『自由の霊をもって、わたしをささえてください。』 (詩篇51:12口語訳)
『兄弟たち、あなたがたは、自由を得るために召し出されたのです。ただ、この自由を、肉に罪を犯させる機会とせずに、愛によって互いに仕えなさい。 』(ガラテヤ5:13)
恵みによって、贖いが与えられ、主の霊が私達を覆うとき、私達は真に罪から解放され、自由な者となります。この真理の御霊をいただきながら、私達自身も喜びの内に、霊が解放されて歩んで行きましょう。
④ヨハネ第一の手紙とパウロ神学との統一性について(ヨハネ第一の手紙自己流解説下段より)
ヨハネは真理を見抜く目を持っていた。彼は必ずしも福音を理論的には捉えていなかったかも知れないが、その教えは実践的であり、聖霊によって雷の子から愛の使徒に変えられた経験が、ヨハネの教えの根本にあります。
ヨハネ第一の手紙を貫く言葉それは愛です。神の愛、御子の贖罪の愛、そしてキリストと神の御言葉と聖霊に結び付くことによって人間の内に育まれる、兄弟愛です。そしてそれこそが神の掟であり、掟を守ることが神を愛することであるとヨハネは言っています。
しかし掟を守ることが、たとえそれが兄弟愛の実行であったとしても、生まれつきの、堕落した肉の人間の努力や、あるいは後天的に修得した教育や、訓練、技術等の、肉の努力で出来るのだろうか?
私はある程度は人間の社会制度、社会福祉や奉仕やヒューマニスチックな考え方によって、それは出来るとは思う。しかし、根本的に考えれば、キリスト教的世界観においては、それは出来ない。自己中心であり、利己的な人間が『兄弟のために命を捨てる』(ヨハネ第一3:16)ような生き方は、もしキリストを抜きにしたら、私も含めて出来ないと考えています(例外はあるかも知れないが)。
一方、パウロが言っているローマ人の手紙8章の生き方は、人間の古く変えられていない肉の様は、一度十字架にかけてキリストの肉と共に破壊され滅ぼされなければ、新生など出来ないと言うことを強調しています。
肉の努力によって生きるか、霊の満たしの中で生きるか、これはキリスト教の根幹に関わる問題です。
パウロに言わせれば、人間の努力や修行によって新生されることはあり得ない。何故イエスは十字架についたのか?それは私達の肉がイエスと共に十字架で『処断』(ローマ8:3)されるためです。ここでローマ人への手紙の解説を再び始めることは、長くなるのでしないが、詳しくは私のホームページhttps://paurosyokann.webnode.jpローマ人への手紙の解説8章を参照されたい。(リンク有)右上端 ≡印 メニュー ローマから入ってください)
ヨハネ第一の手紙の中で、ヨハネが主張する、愛の生活は、御言葉にとどまり、父なる神の愛を受け、聖霊と交わり、キリストに結ばれ、『御子の内にいつもいる』(ヨハネ第一3:6)ことによってのみ可能であることが分かります。
ヨハネ第一の手紙と、ローマ人への手紙で展開するパウロの主張は矛盾しない。それは、表現方法の違いであり、パウロはそのことを、表面的な、文字面に拘泥する、肉の力による律法遵守から解放され、信仰によって義とされ、霊が解放されて生きることが出来るとその思想を展開します。
パウロによれば、私達の自己は原理的に十字架についたのであるから、キリストにあるものは、既に古き自分は死んでいることを認めるべきであり、死んだ者は、罪からも解放され(死者は罪を犯すことが出来ません)、律法から解放され(律法は死者を縛ることは出来ません)、良心の咎めも取り去られ、キリスト者の自由を味わい、自分で自分を裁くことすらしないで生きて行くことが出来ます。
『わたしにとっては、あなたがたから裁かれようと、人間の法廷で裁かれようと、少しも問題ではありません。わたしは、自分で自分を裁くことすらしません。自分には何もやましいところはないが、それでわたしが義とされているわけではありません。わたしを裁くのは主なのです。』(第一コリント4:3~4)
キリストの恵みの中で、聖霊の溢れるばかりの満たしを受けて、霊によって新しい生き方で、神に仕えて行くのです。
『しかし今は、わたしたちは、自分を縛っていた律法に対して死んだ者となり、律法から解放されています。その結果、文字に従う古い生き方ではなく、"霊"に従う新しい生き方で仕えるようになっているのです。』(ローマ7:6)
霊は解放され、良心の咎めからも解放され、律法の養育掛用法からも解放され、キリスト者の自由を味わい、律法の下にいることを止め、恵みの下、キリストの愛と赦しを継続的に身に受けて生きて行くのです。
第一のアダムにあって、第一のアダムと共に、罪と死に定められ、その結果がもたらす、肉の堕落の支配下の中にある私達を解放するため、キリストは第二のアダムとして、肉を持っていても罪のない生涯を送り、十字架で私達の代わりに罪の支払う報酬としての死をお受けになり、人類の代表として復活なさった。もはや、この弱い肉を持っている私達もキリストの義の支配力の中で、強く生きて行くことが出来るのです。
律法の表面的な文字面の下に、自己満足的な肉の守り方の中に安住するのではなく、聖霊によって、『「隣人を自分のように愛しなさい」』(ローマ13:9)を実行できる力が与えられ、新しい生き方で、生きて行くのです。
パウロは神に対する律法遵守の義務を指摘しなかったわけではありません。例えば、コリント第一の手紙8~10章で偶像を拝むことに対して、その当時の偶像に捧げた食肉の習慣を踏まえながら、そのような様々な場面設定の中で、市場で売られているものは一々気にせずに何でも食べなさいと言いながら、悪霊に仕える仲間になってはいけないと強く警告しています。これは偶像礼拝のただ一事を禁じているのではなく、神に対する義務を定めた十戒の1条~4条までを含んでいると考えるべきです。
そしてヨハネ第一の手紙の最後の言葉もそうだと思います。ヨハネは兄弟愛だけを信仰の結果として強調していたわけではなく、心を尽くし、精神を尽くして、思いを尽くして神を愛するとき、偶像礼拝の禁止を含む十戒の1条~4条を、当然、守らなければならないのは、彼の心の中では、自明の理であったのです。
ですからヨハネはヨハネ第一の手紙の最後の言葉で、突然、突拍子もなく、『子たちよ、偶像を避けなさい。』(ヨハネ第一5:21)との一文を挿入しているのです。
さて、このように私が記述して来ると、何か肉の、生まれつきの能力、意志や努力で、神の律法を守らなければならないと、私が主張しているように誤解されるかも知れないが、決してそうではない。
もし人間が持っている精神力で神の律法が守れたり、意志の力だけで、神に従って行けるとしたら、精神力の強い人や、意志の強い人だけしか救われないのではないでしょうか。何度も書いてきましたが、人間は、良く考えて見れば、本来利己的だし、弱い、力のない存在であって、神に頼って生きていくことによってしか、本当に生きることは出来ない存在なのです。
最後にもう一度、繰り返しますが、神の愛、贖罪、律法について私の立場を述べたい。
律法を守るという言葉が良いか分かりませんが、真に律法、道徳律を守る(守ると言う言葉では実は表現しきれません、相応しい言葉が見つかりませんので、この言葉を使います)ことは、イエスの御言葉の実行に他なりません。それは、ただ御霊によって造り変えられた者がキリストと一体となることによってのみ実現できることなのです。
肉の生まれつきの力に頼るのではなく、自分の肉をキリストの処断された肉と共に、十字架上で、磔にしてしまうのです。彼と共に、自分自身の肉も破壊され、心底から聖霊によって新たにされ、自分の肉の五体は、霊を入れる器として、再び生かされて行く生き方なのです。
アバ父よと呼ばせるキリストの霊と、自分の霊が、共に協力し、共に証ししてくださること。ここに勝利の秘訣があります。『わたしたちの主イエス・キリストの恵みが、あなたがたの霊と共にあるように、アーメン。』 (ガラテヤ6:18)自分達の霊が、イエスによって恵まれる、アバ父よと呼ばせていただくキリストの霊と共にいることが出来る、それだけで最高の祝福であり、幸せな生き方なのです。それは霊の満たしの中で生きると言うことなのです。
私の霊と、キリストの霊が共に協力し、共に証しして行くとき、愛の行いとしてのキリストの律法が成就されていくのです。
それは友のために命を捨てるほどに愛しなさいというキリストが言われた、究極的な意味での愛の律法であります。(ヨハネ15:13参照)
また、『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』(マタイ22:37)と言う神に対する真実な愛の実行も求められています。
父なる神と、御子イエスを信じていると言う公の告白の為には、この世の命も捨てるほどの神への全身全霊をかけた信仰の言い表しが必要です。『自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救うのである。 』(ルカ9:24)とイエスが言われたとおりなのです。
要するに、見えない神の為にも、見える人間の為にも、究極的には自分の肉の命を捨てるところまで、真理の深淵の面が、クリスチャン生涯において、必然的に表わされて行くのです。キリスト教信仰は中途半端を許さないのです。
しかし、勘違いしてはならないのは、そのような、神と人のためにに自分の命を捨てられるような信仰の力は、私達の生まれつきの肉の自分にはないのです。もしそのような信仰が持てるとしたら、それは、キリストが私達に与えて下さった聖霊の励ましによります。
私達の心の内に御霊を通して宿ってくださるキリストが、私達を励まし、神の御心を行えるように、変えてくださるのです。ですから、私達のうちには何の力もありませんが、ヨハネが第一の手紙で繰り返し言っているように、キリストを心の中に宿し、いつもキリストに固く結ばれて、キリストにとどまることが、総てと言っても良いのです。キリストにとどまり続けることが、すべて信仰の勝利の秘訣なのです。
『さて、子たちよ、御子の内にいつもとどまりなさい。そうすれば、御子の現れるとき、確信を持つことができ、御子が来られるとき、御前で恥じ入るようなことがありません。』(ヨハネ第一2:28)
⑤真理はあるのか(ヨハネ第二の手紙自己流解説上段より)
『真理とは何か。』(ヨハネ18:38)この命題に関わるとき、いつも私は、恥ずかしながら、自分の青春時代の青臭い経験を思い起こします。私は未信者の家庭に生まれ、神もその御言葉である聖書も知りませんでした。しかし、真理が世の中にあるのだろうかと、もう中学生の頃になると真剣に考え出しました。自分はとても自堕落な生活をしていました。それでいて、理屈っぽい生意気なことを言っている、良い人間とは決して言えない、鼻持ちならぬ、中学生でした。そんな生意気な中学生ではありましたが、どうしても、世の中に真理があるはずだと考えていました。自分はどうして生まれてきたんだろう、生きている自分、これはいったい何だろうか?自我、自意識の目覚めと共に、自分と世のかかわり方に対する探究心が湧いてきました。
高校時代には、西田哲学に凝り「善の研究」を読み、その中に記述されている「純粋経験」とは何か知りたいと思い、自己流に自分の部屋で座禅を組んだこともありました。でも結局何も見つからず、ただ惰性で生きることを毎日繰り返し、勉強もあまりせず、自堕落で、悶々とした暗い青春生活を送っていました。「真理って本当にあるんだろうか?」頭の隅にはその思いはいつもありながら、高校を卒業し、ある大学に入学したものの、半年で退学し、アルバイトをしながら、人生に挫折しかけていました。
その頃、若い時から熱心なクリスチャンでSDA八王子教会の長老をしていたS叔父のところで、働くことになりました。叔父の影響もあり、SDA八王子教会に通うようになり、イエス・キリストに出会うことになったのです。キリストによる救いを受け入れ、『私は真理である』と言い切った神の子を信じることになったのです。
21歳の時SDA八王子教会で沈めのバプテスマを受け、神学校5年(途中1年休学)、牧師を10年、郵便局長を28年9ヶ月、既に定年退職して7年、時のたつのは速いもので、もう73歳になりました。
当然、私の人生にも浮き沈みがあり、良い時も悪い時もありました。健康で生き生きと活動していた時期もありましたが、20代の終わり頃には、無理が祟って喘息になり、健康を害して医者通いしていたこともあります。
局長時代のある時は、この世の肉の生活にどっぷりとつかり、祈りはおろそかになり、教会の礼拝だけ形だけ出ているような、信仰の低迷期が長い間続きました。世俗の空しい娯楽に興じてしまったこともあります。
この世の価値観にとらわれ、部会長になり、局長会の理事までやったこともあります。この世の名誉など、キリストにある永遠の命の価値に比べれば、塵芥のようなものなのに、自分の肉の能力と、エネルギーを、この世の仕事にほとんど、すべて捧げてしまったこともあるのです。クリスチャンとして守らなければならない原則を、この世で生きて行くために、曲げてしまうこともありました。
そんな私でも、自分を反省し、気が付けばその都度、イエスの愛と赦しにおすがりしてきました。悔い改めの祈りを捧げながら、それでも、この信仰だけは一途にやってきたつもりです。
青春時代に『「わたしは道であり、真理であり、命である。」』(ヨハネ14:6)と言う、聖書の言葉を初めて読んだ時、真理はこれから作るものでもなく、思索をめぐらして、行き着くものでもなく、既に神の言葉である聖書の中に、明示され、与えられていたことが分かりました。それが信仰という手段で与えられるなんて、私のそれまでの短い人生の中では、想像することすらできないことでした。若い時に神を知ったことは、途中挫折しそうになったとは言え、私の生涯の方向性を決定づけることになったのです。
キリストその方が真理そのものであり、この方を真理として受け入れ、信仰し、この方の御言葉に従って行くことが真理なのであると知りました。 信仰の内容が、最初から分かっていたのではありません。教会に通い、神の言葉である聖書を真剣に学ぶことで、少しずつ真理とは何か、イエスとはどんな方か、人類のため、否、私のために何をして下さったのかを学んで行ったのです。
キリストを受け入れてから、早52年。教会に行き始めたのは19歳の時ですからもう既に54年近くも教会通いをしているわけです。今更ながら、振り返って見ると、進歩の無い自分に、呆れ返ってしまいます。半世紀以上御言葉を探求し、どれほどの時間を聖書研究と祈りに費やしてきたか、それは膨大なものです。さらに人生の様々な苦労を重ねた結果言えることは、これは単純すぎる結論かも知れませんが、真理はあると言うことです。それも私達の身近にあるのです。
人間、何を幸せに感じるか、その価値観は様々でしょう。美味しい物を食べたり、飲んだり、旅行に行ったり、趣味や、楽しい娯楽に興じたり、それらはそれぞれの楽しみがあり、私は決してそれらの様々な、この世の楽しみを否定するものではありません。私だって、孫を見れば可愛いいと思うし、旅行に行って、美しい景色を見たり、美味しい食べ物を食べたりすることは楽しいことだと思います。また、日常の平和な家庭生活ほど、この世で大事なものはないと思っています。でも人生の喜怒哀楽の現象だけに惑わされてはなりません。真理を発見することなくして、それらのこの世的な、肉的な楽しみだけで人生が終わって良いはずがありません。信じる目を持って、探究すれば、神は存在するし、真理はあるのです。
『真理とは何か。』(ヨハネ18:38)と言った、イエスの取り調べをしたローマ総督ピラトの言葉を引用するまでもなく、イエスの存在こそ真理そのものなのです。
私達の心の中にある悪い汚れた思いを、あるいは実際の現行罪を、赦し、贖い、清めて下さるイエス。人間の肉体を取ってこられた永遠に存在する子なる神。しかも、本来全人類が受くべき罪の値である父なる神の下す滅びの死を、御自身が十字架にかかることによって、一手に引き受け、替わりに私達を無罪な者として、釈放し、本当に生きれる者として下さったイエス、この方が真理なのです。
このイエスを信じ、この方と毎日を過ごし、この方の内にとどまり続けることが真理であり、永遠の命なのです。キリストと共に生きることが真理なのです。真理を知るとは、ただ知的に知ることではなくて、このキリストの中に没入し、自己の力や判断力ではなく、この方と一体となって生きて行くことなのです。そういう意味で、真理とは信仰の人生を生きることなのです。
それはこの方が実行し、模範を示された生き方に倣うこと、肉の欲、この世の楽しみを捨て、己を捨てて、神と人のために、自分の命と時間を削って生きて行く生き方なのです。
そのような生き方は、自分の肉の努力で出来る訳はないのです。信仰から来る、天来の聖霊の力を祈り求め、天からの力を受けて行くしか方法はありません。ただ、聖霊によって心に住んで下さるキリストに頼るしかないのです。上からの霊の命を受けることによって、何を為すのも、キリストが私を通して為して下さることなのです。
⑥アウグスチヌスの性に対する考え方について(ヨハネによる福音書2章自己流解説中段より)
古くは、若い頃、自己の情欲に溺れ、情婦に子供まで産ませてしまったアウグスティヌスの心に、聖書を「取って読め」と神は語りかけられ、ローマ13:11~14の御言葉が彼の心を砕き、回心させた。彼はペルシャを中心に信じられていた、マニと言う教祖が流布した善悪二元論のマニ教に傾倒していたが、キリスト教に改宗し、後に偉大な神学者になっていった。
彼は若い頃、情欲に溺れた生活をしてしまった。その経験が、彼の神学に大きな影響を及ぼした。アウグスティヌスはアダムにあって、総ての人間が罪人になったと考えた。人間は罪を犯したから罪人になるのではなくて、最初に罪を犯した人類の父祖アダムにおいて、アダムにあって共に罪を犯しているから罪人と考えた。このことを生物学的に考えると、私達の全細胞は、たとえ人類が80億人いようと、アダムの腰から生まれて細胞分裂して、継続的に生命が受け継がれ、生きていると考えることが出来ます。
『わたしは咎のうちに産み落とされ 母がわたしを身ごもったときも わたしは罪のうちにあったのです。』(詩篇51:7)とダビデは自分のことを認識していた。
人は生まれながらに怒りの子であり、神の御怒りを受けるべき者として生まれてきたのです。
『わたしたちも皆、こういう者たちの中にいて、以前は肉の欲望の赴くままに生活し、肉や心の欲するままに行動していたのであり、ほかの人々と同じように、生まれながら神の怒りを受けるべき者でした。』(エペソ2:3新共同訳)
『また、わたしたちもみな、かつては彼らの中にいて、肉の欲に従って日を過ごし、肉とその思いとの欲するままを行い、ほかの人々と同じく、生れながらの怒りの子であった。』(エペソ2:3口語訳)
アウグスティヌスは生物的に、性行為によって、罪の性質が文字通り遺伝すると考えた。これは西方教会の見方です。アウグスチヌスの考えは、西方教会のキリスト教神学に大きな影響を与えた。人間は根本的に堕落しており、神の聖霊によって、神の側から働きかけをしてもらわなくては、救いは人間の意志や力ではどうにもならない。 『従って、これは、人の意志や努力ではなく、神の憐れみによるものです。』(ローマ9:16) 神の降す聖霊の新生の力がなくては何事も起こすことが出来ないと言う、全的堕落の考え方です。然しこの考え方は、だから人間は堕落した生活のまま、好き放題して良いのだと言う、結論に人間を導くものではない。この点は注意が必要です。
むしろ、全的堕落を認めつつ、だからこそ、自己の力に少しも頼らず、全面的にイエスの力、十字架と復活による贖いと勝利、その影響下に自分を置いて生きることを求めるのです。神のなさる主権と力が最大的に自分とのかかわりの中で大きくなり、したがって救いの中で自己の果たす力は、自由意志も含めてかなり小さな場所に追いやられます。
しかしながら、神を信じる、信仰に入ると言うことは、自分の心の中にある何らかの自分の側に、努力的な精神作用があることは否めない。自己の選択の意思があることは間違いないことです。
選択の自由意思を含めて、トータル的な救いの中にあって、義認のみならず、聖化を含めて考えるときに、人間の側の何らかの、自己意志等の心の中にある役割があります。このことは認めなければならない。 全的堕落の教理を受け入れ信じたとしても、たとえ自分の心の中にある精神作用が自由意思を含めてどんなに小さい役割しかないとしても、御霊の神に対する応答として、何かは人間の側にあることを認めなければならないだろう。
聖霊により新たにされ、霊的に復活した体験は、キリストの命を身に受けて、新たなる献身した生涯を人が送ることを熱望させる。むしろ全的堕落の教理は、全的清め、全的献身への発展を促していると見るべきです。全的堕落しているのだから、人間は清い生活などできない、罪の中で堕落したまま生活して行けばいいのだと言うふうに受けとめがちであるが、それは大変な誤解です。全的に堕落しているからこそ、意志も、感情も、肉体もすべて十字架につけ、極みまで御霊によって造り変えられ、キリストに全的に頼って行かなければならないと言う希求を生み出し、信仰の道を熱心に進んで行くのです。
罪の性質は残るかも知れないが、キリストの復活の勝利の力とそれに伴う御霊の支配は、このような罪深い性質、弱い肉体を持った私達に、キリストにある清めと成長と、勝利を与えてくれます。
つまり、トータル的に堕落している人間が、イエスの功と愛とによって、第一のアダムにあった時の、罪とその結果の死の支配よりも、さらに優って第二のアダム(イエス)にあることよって、義と愛と永遠の命の支配の中に入れられるのです。
この世にあり、弱い肉にありながらも、キリストにあって強く生きれるのです。イエスの支配の中で、信仰の勝利を重ねて行けるのです。聖霊にによって励まされながら、より成熟を目指して、キリストにありながら生きることが出来るのです。むしろこの方向に力点を置くべきであろう。
一方東方教会(ギリシャ正教会等SDAも含む)においては、西方教会(カトリック等)のような原罪説は指示されない。私達人間は罪深い性質を遺伝として持ってはいるが、罪人だから罪を犯すのではない。自由意志を持っている人間は、自分の持っている自由意志を働かすことによって、神の方向を選び、聖霊の助けによって、罪を犯さないという選択をすることが出来る。自由意思を誤用し、罪の方を選択して、罪を犯したからその結果、各自の責任において罪人になるのであって、生まれながらの罪人ではない(東方教会やSDAは原罪の教理はこれを認めない)。
東方教会的な考え方の中には、性についてアウグスティヌスが説いたような、罪の遺伝の考え方はない。むしろ本来、神が男女を創造なさった時、性は神が与えられた聖なるものです。正常な結婚制度の中で、正当な男女関係において、性そのものが罪深いという考えは微塵もない。故に聖職者も妻帯をします。夫と妻の関係は、正常に営まれる限りにおいてキリストと教会をあらわし、聖なるものです。
人間に、肉体を含めあらゆる意味で罪深い性質が遺伝していることは肉の弱さとして認めるが、むしろ復活したイエスが、総てにおいて勝利なさったように、この世においても、御霊を通して復活のイエスの力が、この世のすべての事象に、また人間に顕わされていると信じている。神の助けと聖霊の力により、また、与えられた自由意思を善の方向に選択していくことによって、神の御心に沿った、勝利の生き方が出来る。イエスの恵みと、赦しの中にありながら、人間の側の力を肯定的に、大きく考える。罪とは、肉の誘惑に自己の意志がそちらに向かって、同意して選択し、実行するときに罪になるのであって、意志をしっかりもって、悪い方を選択しなければ罪とはならない。肉の弱さ、悲しみ、情的なもの、肉欲的なものを感じるだけでは、それは罪にはならないと考える。各自に与えられている自由意思を働かせて邪悪の方を選び取る時のみ罪となる。アウグスティヌスの物の見方とはだいぶ違ってくる。自己意思は訓練し、聖霊の助けにより強固なものになり、罪を犯すことを拒絶することが出来る。
ただ人間性理解は果たしてどちらが深いのか、私としては考えることがあります。また自由意志を強調するのは良いことだが、選択の意志そのものが、肉の傾向の中で堕落していないか?自由意志だけが、清く堕落の性質を免れているのかと言う疑問が残ります。
心の中の罪を考える時、東方教会的な自己意志を強調する神学よりも、全的な堕落を認めながら、しかも御霊によって、造り変えられる、イエスの力によってのみ、全的な信頼、上からの力によってのみ生きることが出来るという西方教会的な神学の方に私は惹かれる。どちらの考え方をとるにせよ、それぞれが与えられた個人ゝの性格や人間理解によって、しっくりする方を選ぶのが良いであろう。
私自身と言えば若い頃は東方教会の考え方に近かったが、歳をとるにつれて、人間の罪深さがいかに、心の奥底まで利己的で、また遺伝的な肉の弱さに関係していることが多いのを悟り、少しづつ、西方教会の考え方に偏りつつあります。でもこうは言うものの、結局真理は、二つの考え方の中間程度のところにあるのではないかと、今は思っています。
⑦人生のターニングポイント(ヨハネによる福音書6章自己流解説最終段より)
人間には、恐ろしいことに、滅びを選び取る自由、人生の闇を選び取る自由があります。何もかも失うことが分かっていながら、闇の夜の主権者の声を聞き、滅びてしまう人間の自暴自棄の愚かさがあるのです。
ユダは、裏切りの報酬である銀貨を神殿に投げ入れて、最後に首を吊って自殺した。(マタイ27:5参照)
人間の中には、せっかく神によって与えられた一度限りの人生なのに、何もかも諦めて、様々な理由はあろうが(仕事の行き詰まり、不正、犯罪、裏切り、良心の呵責、自己嫌悪、自暴自棄、人間不信、家族関係の破綻、不治の病、厭世等)自殺してしまう人が多くいます。
ユダが闇夜に出て行ったその決定的な瞬間に、イエスが十字架につくことが決まったと言えよう。これからまだゲッセマネの園の苦闘の祈り、ピラトの法廷での不法な裁判、そしてゴルゴダの丘の十字架刑と続いて行くのだが。
イエスはユダが出て行ったとき、十字架につくことが決定したことを時間の壁を越えて悟った。
『さて、ユダが出て行くと、イエスは言われた。「今や、人の子は栄光を受けた。神も人の子によって栄光をお受けになった。神が人の子によって栄光をお受けになったのであれば、神も御自身によって人の子に栄光をお与えになる。しかも、すぐにお与えになる』(ヨハネ13:31~32)
人類の救いのため、贖いの犠牲として十字架につくこと(これが神の栄光)が確定し、神の御旨を果たし、神の栄光がイエスに与えられた。神もイエスによって栄光を受けられた。完了形である。すべてが確定した、瞬間であった。
さて、良い意味でも、悪い意味でも、その後の人生が確定してしまう瞬間が、誰にでも訪れるものだ。私の人生のターニングポイントは、何度か書いてきたが、35年前の昭和62年2月夜10時頃、石垣島の、市民球場の入り口で祈った、あの晩の出来事です。
(ホームページアドレスhttps://ktanaka33014.wixsite.com/website リンク有 アドレスをクリック 右上のブログをクリック 下にスクロール ②B信仰の軌跡 神の深い臨在を感じる時を読んで下さい。)
あの、神に触れた経験の中に、私のその後の人生が決定してしまったと言っても過言ではない。もちろん、それからも様々な選択肢があり、その都度祈りながら小さな選択はしてきたのであるが、大筋での人生の進むべき方向は、その瞬間に決まったと言って良い。
皆さんの人生のターニングポイントが来たとき、良い選択はできるのだろうか。子供の幸せを願わない親はいない。神は聖書では『父』と呼ばれている。真の愛の神を知り、その父なる神が私達子供に不幸ではなく幸せをもたらそうとしていることを悟ろう。『わたしは、あなたたちのために立てた計画をよく心に留めている、と主は言われる。それは平和の計画であって、災いの計画ではない。将来と希望を与えるものである。』(エレミヤ29:11) 私達を造られた、愛の神がいて、その方に祈り求めることによって、人生のすべての道が開けてくることを知って欲しい。
『わたしの名(イエス・キリスト)によって願うことは、何でもかなえてあげよう。こうして、父は子によって栄光をお受けになる。わたしの名によってわたしに何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう。」 』(ヨハネ14:13~14)
⑧心の眼を聖霊によって開いていただこう(ヨハネによる福音書7章自己流解説最終段より)
ただ、イエスの十字架、罪を贖い、赦して下さっている、そのお姿を見つめよう。又、三日後に墓から復活し、私達にも同様に復活の命を与えることが出来る、イエスの復活の力を信じよう。健常者も身体障害者も難病者も、富んでいる者も、貧しい者も、総ての人を救い得る永遠の福音があります。人生は捨てたものではない、まだ希望があります。善き神の存在を信じよう。その神が、キリストにあって、この小さな、塵灰に等しき私達を憐れんで下さっています。
このような私達は、虫のような存在だと表現されている。『虫けらのようなヤコブよ イスラエルの人々よ、(私達のこと)』(イザヤ41:14)。 私達は、ひと時表れて、やがて消えゆく存在なのです。『人生はため息のように消えうせます。』(詩篇90:9)とモーセは詩篇の中で詠っている。こんな私達を神は哀れに思っていて下さっています。イエスによって贖い、罪から買い戻し、永遠の命を付与しようと、世の始めから、堕罪前から、愛の神が救いの計画を立てておられたことに、気が付いて行きましょう。永遠の命をキリストにあって私達に賜うのは、父なる神の最初から意図するところであり、御心であるのです。
キリストにあって、肉体の障害を見事に乗り越えて、人生を送っておられる一人の有名な人を以下に、例として書いておこう。 群馬県勢多郡東村(現 みどり市東町 )に生まれた星野富弘さんは、中学校で体育の先生をやっておられましたが、24歳の時、クラブ活動の指導中、事故でマットに頭から落ち、頸髄損傷し、首から下を動かせなくなりました。病院で何度も手術を受け、2年ほどたち、やっと自分で呼吸できるほどに回復しましたが、首から下は動かすことが出来ませんでした。
大学で学んでいた時、寮の先輩で、牧師になった方がいて、その方の影響で聖書を読むようになりました。病床で受洗し、キリスト信者になってから、口で多くの花の絵を描き、詩や、エッセイを書いておられます。また星野富弘美術館には、今まで700万人以上が来場し、多くの人に感動を与えておられます。
『野の花がどのように育つのか、注意して見なさい。働きもせず、紡ぎもしない。しかし、言っておく。栄華を極めたソロモンでさえ、この花の一つほどにも着飾ってはいなかった。今日は生えていて、明日は炉に投げ込まれる野の草でさえ、神はこのように装ってくださる。まして、あなたがたにはなおさらのことではないか、信仰の薄い者たちよ。 』(マタイ6:28~30)この聖書の言葉に心を打たれ、病室に飾ってある花を見た時、神の造られた花の美しさに改めて感動し、手足は動かせないので、口で絵筆を持ち、花の絵を描き、そこに短い詩を書くようになったそうです。「からだには傷をうけ、たしかに不自由ですが、心はいつまでも不自由ではないのです。不自由と不幸は、むすびつきやすい性質をもっていますが、まったく、べつのものだったのです。」 星野富弘自伝『かぎりなくやさしい花々』より
『見えない者は見えるようになり、見える者は見えないようになる。」イエスと一緒に居合わせたファリサイ派の人々は、これらのことを聞いて、「我々も見えないということか」と言った。イエスは言われた。「見えなかったのであれば、罪はなかったであろう。しかし、今、『見える』とあなたたちは言っている。だから、あなたたちの罪は残る。」』(ヨハネ9:39~41)
見える人が見えないようになり、見えない人が見えるようになる。イエスによって癒された盲人は、イエスを受け入れ、神を信じ、その魂の救いを得た。肉体の目が癒されただけではなく、心眼が聖霊の力によって開かれ、真の救いを見ることが出来るようになった。しかし目が見えていると思っているファリサイ派の人達は、霊的には盲人のままであり、ついに心眼が開くことなく、イエスが提供した救いを、受け取ることが出来なかった。彼らは、自分達は律法の教師であるし、霊的事物も総て見えていると思い込んでいた。そこに罪があった。実際に何も見えない状態だったら彼らに罪はなかったであろう。
神の御言葉に接したことのない日本人が、罪に対して無関心であり、罪であるものを罪と知らず楽しんでいます。しかし聖書を学び、霊の眼が啓けると、罪がどんなにひどいものであるかがわかって来るのです。霊的なことが正しく理解できないと、罪も罪として自己評価できないのです。今まで自分が肉の欲によって行ってきたことは、神の前に恥ずかしい限りの、乱行であり、利己的な楽しみであったこと等が分かって来ると、それらを忌み嫌うようになります。
ファリサイ人や律法学者達は真理を理解しているし、霊的な事物は見えていると言い張り、律法に対する自分達の解釈(表面的な、文字面に拘った、生まれつきの肉の努力による行いによる救い)が正しいと信じ、真理そのものの方であるイエスを否定していた。霊的事物が見えてないのに、見えるゝ、だから自分達の方が正しいと、主張していた。彼らは大変な心の盲人であったのです。
聖霊によって、自分の卑小さ、罪深さ、醜さを悟り、イエスの贖いの必要性を感じ、このような醜い己を救って下さる方を切実な思いで願うようになります。『わたしはなんと惨めな人間なのでしょう。死に定められたこの体から、だれがわたしを救ってくれるでしょうか。』(ローマ7:24)とパウロと共に神に叫ぶのです。
肉に溺れ、肉の悪習に染まりきっている自分が、神の聖なる御心に沿えるようになるには、大変な覚悟と、時間と、聖なる努力が必要であることが自ずと分ってきます。聖なる領域へのハードルを越えるのは自分の力ではできないのです。そのことが分っているからこそ、なお一層自分の肉の弱さに対する嘆きが大きいのです。『死に定められたこの体』 遺伝的にも後天的にもどうにもならない腐敗の傾向を持っている肉を私達は持っているのです。
イエスの十字架と復活の霊的意味が分かって、聖霊によって心の眼が開かれ、霊の世界が見えるようになって行く。やがて悔い改めに導かれて、福音を信じるようになります。
私達の心の眼をイエスの御霊によって、開いていただきなさい。これがヨハネによる福音書9章の真のメッセージです。単に肉体の盲目が、イエスの奇跡によって癒されただけの物語ではないのです。
⑨神が祈りにお答えにならない時がある(ヨハネによる福音書自己流解説11章上段より)
マルタとマリヤの姉妹は、ラザロの看病で忙しく、人を遣わして、イエスに早く来てくれるように促した。しかし、イエスは最初からこの病気は、ラザロの死で終わるわけではなく、ラザロをもう一度復活させて、奇跡を行い、そのことがやがて、自分を十字架に付けて行くことになるのだと言うことを、既にこの時点で、見通しておられた。
『イエスは、マルタとその姉妹とラザロを愛しておられた。』(ヨハネ11:5)何故この聖句が挿入されたか、その次の聖句にラザロの病気の話を聞いてもなお2日間同じ場所に、イエスは動かず滞在されていたとあります。
普通、親しい人、たとえば親族、父母等が重病で明日にも死にそうだということを聞けば、今やっている仕事や用事に切を付けて、取るものも取り敢えず駆けつけるではないか。それは何故か、愛しているから、心配でしょうがないからです。
ではイエスはラザロ達を愛していなかったのだろうか。そういうふうに思われたくなくて、ヨハネはわざわざ11:5に『イエスは、マルタとその姉妹とラザロを愛しておられた。』と書いたのであろう。イエスがすぐにラザロのもとに行って、病気を癒してあげれば良かったのにと、誰でも思う。
私達も様々な具体的な困った場面で、「イエスよ、何でもう少し早く祈りを聞いて下さらなかったのですか、そうすればこんなことにならなかったでしょう」と度々思うことがあります。たとえば、家庭内不和や、兄弟同士のけんか、経済的困窮、仕事の行き詰まり、財産争い、親しい人の病気、死等、そんな中でイエスを呼び求めるが、すぐ問題が解決するとは限らない。ある場合には数十年も待たされる場合もあります。それどころか天国へ行ってしか、その祈りが答えられたか分からない場合もあるだろう。
しかし、神には神の御計画があって、人間には知ることが出来ない。後になって、あの時、祈りが聞かれなかったのはこういうことの為だったのかと気付かされることも多い。
祈っても自分の思うように、イエスが動いて下さらなかった例として、私の経験したことを、再三再四になるが、私の記憶からは消し難い出来事なので、以下に書きます。
もう今からすでに37年前のこと、昭和61年に私が石垣島に赴任して牧師をしていた時の経験です。その島で様々なことがあり、結局私は、1年余で牧師職を辞することになりました。やがて本土に帰ってから、その当時の連れ合いと離婚してしまうことになって行きます。その原因と言えば、人々に口では愛を説きながら、実際には、自分の生き方が、利己的であり、家庭のために自己を犠牲にして、私が愛の実践が出来なかったことです。神の掟を守ろうとしながら、表面的な肉の努力に終始し、掟の精神である、最も大事な、自分の命と時間を、神と人の為に、削って、自己犠牲をすることを見失っていた、キリスト教の根本を実行できなかった、愚かな私がそこにいたのです。
家庭を壊すことになってしまった、その事情を話せば話すほど、却って自己弁護になってしまい、別かれた人を責めることにもなりかねないし、そうなるとひいては自己を貶める結果にもなります。だからその経緯を詳しくは説明しない。
ただ、私は、ほぼ1年間一人で、石垣の教会にとどまり、宣教に牧会に、闇雲に働いていた。その間どんなに苦しく、祈ってもゝ神はお答えにならなかった。まるで祈りは、ただの独り言のように、感じられた。私の口から漏れ出て、空しく、祈りの声は部屋の天井に、跳ね返され戻ってくるような気がしました。その時は、どうして神が祈りを聞いて下さらないのか分からなかった。そんな時、試練の時が、誰にでも人生の内、何度かはあるのではないだろうか。
石垣から帰って来たのが、私当時37歳、今から36年前(昭和62年5月)のこと。その後、神の導きにより、ある方の紹介で話はトントン拍子に進み、翌月の昭和62年6月23日に、八王子横山町郵便局長に任官され、局長職をさせていただけることになった。このことは、私の苦闘の祈りに答えられた、神の奇跡的な導きによる以外に考えられないことです。神の御名に栄光と感謝を帰します。詳しくは私の別のホームページ
https://ktanaka33014.wixsite.com/website リンク有 右上ブログをクリック、下にスクロール、②B信仰の軌跡 神の深い臨在を感じる時 を参照されたい。
そして、平成28年(今から7年前)、28年9ヶ月の局長生活を無事勤め上げ、定年退職し、今の私がいます。
その間再婚し、子供を2人引き取り、無事に育て終わり、その2人の子供も独立し、それぞれ家庭を持ち、孫もできた。約30年前に再婚した今の家内は、このような私にとって、出来過ぎの女性で、頑張り屋で、料理も上手、愛情深く2人の子供を、我が子のように可愛がり、上手に育ててくれた。今は故人となられたある牧師から紹介され、同信のクリスチャンのこの方と再婚したのです。教会の用事はそんなに頑張らなくても良いのにと、傍目で思うほど優先してこなしている。彼女の信仰の表れなのであろう。
今でも下の女の子は、育ての母を、「お母さんゝ」と言って、慕っています。「私のお母さんはこの人だ」と言ってくれているのです。私は離婚を正当化するつもりはない。今でも思い出す度に、神の前に悔い改めて祈っています。別れた最初の相手が信仰を捨ててしまったことを聞き、イエスと教会に、もう一度心を翻して戻るよう心の中で祈るばかりです。ただ何故、神は37年前の石垣島で約1年間私を一人にされ、苦闘の内に呼び掛けた祈りを聞いて下さらなかったのだろうか。未だに考えてしまう。しかし、過去の時間は取り戻しようがない。
この世の人生は幸も不幸も、過ぎ去れば一瞬に過ぎない。真摯に、悔い改め祈った結果、再び新たな目的に向かって生きることを許された以上、それが、一時は純粋に宣教を目指した本来の自分の目的とは異なっていたとしても、謙虚に、真面目に、感謝して受け取り、生きて行く以外には、他に方法はなかったのです。
要するに、神には神の御計画があり、有限な人間には将来を見通すことが出来ず、必ずしも私達の祈り通り、私達の願望通り現実の世界はなっては行かないのです。神がすべてを支配しておられ、万事を最善に導いて下さると言う信仰が常に必要です。『神を愛する者たち、つまり、御計画に従って召された者たちには、万事が益となるように共に働くということを、わたしたちは知っています。』(ローマ8:28)
⑩ラザロよみがえり事件の引き起こしたこと、ピラト総督の人物像、当時のユダヤがおかれていた政治状況等(ヨハネによる福音書11章自己流解説最終段より)。
その報告を聞いて、ファリサイ人、律法学者、祭司からなる、当時のユダヤの指導者達は、自分達の地位や名誉が危うくなることを恐れ、サンヒドリン議会を緊急招集して、ラザロ復活事件の対策を講じることになった。
今まで、イエスは何度も石を投げられそうになり、殺されそうになったが、まだ神の時は来ていなかったので、父なる神はそれを許されなかった。しかし、今回は違う、いよいよイエスを殺害するために、正式に行政機関が動き出した。
この年の、大祭司の役職であったカヤパは、一人の人が全国民の為に死ぬことは、ローマ軍がやって来て、全国民を滅ぼし、神殿や聖所を破壊してしまうより良い、と発言した。イエスをメシア、この世の新しい王として、群衆がその信者になって、祭り上げることを彼らは恐れていた。今の政治秩序が崩されて行くとき、必ずローマ軍がやって来て、この微妙なユダヤの自治的平和は崩されてしまうだろうと彼らは感じていた。
ローマの属州には2種類あって、比較的安定していた文官で治められる元老院属州と駐屯軍が配置され治める形の皇帝属州があった。
紀元6年にユダヤは皇帝属州となったが、皇帝の直轄ではなく、属州シリアに置かれたローマの総督が統治するという間接的な属州であった。なぜこのような形をとったかについては、ユダヤをいつかは独立国家として戻してやりたいと言う、当時のローマの政治的配慮だったと言う説もあります。しかし、後年、ユダヤの政情不安から、皇帝属州に変更されて行きます。
駐屯軍も、ユダヤ人達を刺激しないように、本拠地は海辺のカイザリアに置かれた(使徒行伝23:33参照)。
有名なローマ軍団にも2種類あった。一つはローマ市民権を持つもので構成された正規の軍団(レギオー)ともう一つはローマ市民権を持たない属州の兵士で構成される支援軍(アウクシリア)があった。当時ユダヤに駐留していたのは属州出身者からなる支援軍であった。元老院属州には貴族が責任者として派遣されたが、皇帝属州には騎士階級から責任者が派遣された。ユダヤ総督ピラトは騎士階級の出だった 。
ピラトは、紀元27年頃にユダヤの総督に任命され、イエスの処刑後5年たった、紀元36年にユダヤ総督の職を解任されます。イエスの十字架の事件、その後のユダヤ人の大量のキリスト教徒への改宗、また、その後に起きたユダヤ教徒とキリスト教徒の間に生じたエルサレム地区の社会的な混乱を抑えられなかったことを、当時のローマ皇帝ティベリウスがピラトの職務不履行として判断し、裁かれるためにピラトはローマに送還されてしまうのです。
ローマから派遣されたユダヤ総督ピラトの下、ユダヤ人の信仰は、かなり迫害されてはいたが、ある程度の自治は与えられていたようです。総督ピラトが聖所を汚すような、悪行をしたことが記録されているので、ユダヤ人にとってピラトは良い総督とは決して言えない存在でした。
領主ヘロデ・アンティパスとピラトは、互いに敵対していました。そんな二人がイエスの十字架にかかる時の一連の事件で仲良くなったとは皮肉なことです。『ヘロデも自分の兵士たちと一緒にイエスをあざけり、侮辱したあげく、派手な衣を着せてピラトに送り返した。この日、ヘロデとピラトは仲がよくなった。それまでは互いに敵対していたのである。』 (ルカ23:11~12)
『ちょうどそのとき、何人かの人が来て、ピラトがガリラヤ人の血を彼らのいけにえに混ぜたことをイエスに告げた。』(ルカ13:1) 見逃しがちの聖句です。何の罪かは書かれてないからわからないが、多分政治的な反乱を企んだガリラヤ出身者をピラトが死刑にしたのでしょう。それにしても、聖所で捧げる羊の血に、政治的謀判人の人間の血を混ぜて捧げさせたのです。ユダヤ人にとって聖なる儀式に、とんでもないことをやらせたものです。ピラトはユダヤの宗教に対する最大限の嫌がらせを、彼なりに考えてしたのです。
ユダヤ人に許されていた平和は、微妙なバランスの上に築かれた平和でした。ローマが強制した秩序に反し、税を納めることを止め、ローマから独立し、革命を起こし、ローマに逆らえば、ローマ軍団、当時世界を征服した最強の軍団が遠征してきて、ひとたまりもなく、小国ユダヤは破壊され、滅ぼされてしまうのは自明の理であり、ユダヤの指導者達にはそのことがわかっていた。王は名目的にいたが、ローマ皇帝の承認を得てのことであり、自分たちが勝手に王を立てることなどは許されないことであった。
平時であっても、ローマからはユダヤ駐屯軍が派遣されており、使徒時代に入って、領主にヘロデ・アグリッパ2世(使徒行伝26:1参照)はいるものの、ローマの支配に屈していた。
実際、イエスが十字架にかかられてから、約40年後、紀元70年にはそのような事態になり、将軍ティトゥス(後にローマ皇帝-紀元79~81年)率いる、ローマの第5、10、12、15軍団(一軍団は約6,000人)によってユダヤの国は滅ぼされ、イスラエル民族は国を失い、流浪の民となり、1948年に現代イスラエル国家が再建されるまで、ユダヤ人はこの時から約1900年間、国を失い、大きな苦難を味わうことになります。
ヨーロッパの国々には、ユダヤ人居住区(ゲットー)があり、そこで、劣悪な環境と、差別の中で、ユダヤ人達は辛酸を舐めて来たことは歴史が証言するところです。
『すると、民衆全体が答えて言った、「その血の責任は、われわれとわれわれの子孫の上にかかってもよい」。』(マタイ27:25口語訳)とあるように、ユダヤ人はキリスト教徒にとっての神・主イエスを十字架につけた民族として、キリスト教徒によって迫害されるようになって行った。しかし、そのことはまだこれから未来に起こることです。
ラザロ復活事件を契機に、議会が緊急招集され、イエス逮捕の決議がなされ、以後、政治的な策略が巡らされ、ハッキリした方針をもって、イエス殺害計画が進められて行く。彼らは、次の過ぎ越しの祭りにイエスがまたエルサレムに来ないかと手ぐすねを引いて待っていた。ユダヤ中に、イエスの居所を知る者は届け出よとの布れを出していた。どうしても今回はイエスを正式に逮捕する計画であった。
イエスはもはや、エルサレム近辺で宣教活動は出来なくなり、荒れ野に近い地方、エフライム(エルサレムから北へ20キロ)に退いて、弟子達と共に滞在することになった。
⑪私達は肉のシステムの中に埋没するのか、それとも霊のシステムの中で生かされるのか(ヨハネによる福音書自己流解釈12章中段より)。
『自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救うのである。』(ルカ9:24)この言葉の通り生きれば間違いがない。この言葉を私の座右の銘にしよう。このような生き方をして行くと、この世では生きて行けないのではないか?本当に大丈夫なのだろうかと言う、誰でも感じるであろう一抹の不安があります。でも却ってそれによって命を得ることになるのだと言うイエスのお約束に信頼しよう。
太平洋戦争末期、国家の為、玉砕覚悟で敵に万歳突撃をして、死んで行った大勢の若者の話を聞く。彼らはどんな思いで死んで行ったのであろう。靖国神社に英霊として自分が祭られれば、それで名誉だなどと言う思いで死んで行ったのかも知れない。そのような死にかたをなさった方々を、侮辱するつもりは私には毛頭ない。彼らの犠牲があって戦後の日本の繁栄はあるのだし、国家神道の下に天皇に捧げられた命ではあったが、それはそれで、当時の価値観からすれば英雄的な行いであり、突撃した兵士一人ゝの思いを思えば、故郷の父や母、家族のために喜んで死んで行ったのかも知れない(彼らは誤まった国策の犠牲で犬死にしたという見方もあるが)。
しかしそういう価値観と、またキリスト教の教え、愛の実践のために犠牲を求められる生き方とは微妙にニュアンスが違う。一方はどう考えても戦争であり、自分も国家とその大義の為に死ぬかも知れないが、作戦が成功すれば相手を殺さなければならない醜い殲滅戦です。この世が、肉の責任を嫁して、肉の暴力的、破壊的力で、敵か味方かどちらかの肉を破壊するまで、その肉の責任を果たすことを求めるのです。肉の責任を果たさず、敵前逃亡をすれば、兵士には味方による銃殺刑が待っています。突撃しても死ぬし、逃げても死ぬし、そのようなシステムの中に入れば選択の余地はない。
しかし、私達は肉の義務を肉の世に対して負ってはいない。『肉に従って生きなければならないという、肉に対する義務ではありません。』 (ローマ8:12)と書いてあるとおりです。私達は、最終的に、世的に大きな犠牲を伴うことになり、しかも世人が称賛するような時代的な価値観に生きることを選択してはなりません。肉のこの世、肉のシステムの中に自分を埋没させて行くことは、神に喜ばれることではない。私はパウロのローマ8:12 の言葉をこのように解釈しています。
イエスは人類を救うために、その罪とその刑罰である死(滅びの死、第2の死)を自発的に引き受けた。父なる神が、人類に下す刑罰を何の落度もない、無垢な神の独り子イエスが、一手にお引き受けになった。そしてイエスを信じる者にも、そのように神の為、又人の為に、命を捨てる覚悟で、イエスに従って来るように求めているのです。この宗教のシステムに入った以上、やはり選択の余地はないのです。この信仰が求める生き方を拒むものには、真の救いは訪れない。そのことは聖書の中の厳しいメッセージとして、最後まで信仰を、忠実に貫き通すように、色々なところに書いてあり、そのことを否定することは出来ない。
例えば、旧約聖書の故事に、モーセやアロンに逆らい、神にも逆らって、反逆を企てたグループがありました。レビ族から出たコラの子達の最後を見よ。一部はルベンの子孫もいたようですが。彼らは人々の目の前で地が裂けて、生きたまま地は彼らを飲み込んで行ったではないか。(民数記16:31~33参照)
信仰によって義とされ、救われたら、後は愛の生き方、お互いに愛すれば良いと言うが、それは軽い意味ではない。神と人の為に自分の命と、それを構成する時間を投げ出せるかどうかが、いつも問われています。もちろん尽きない、もっと質の高い命、永遠の命を得る為ではあるが。
この世の人のように、自分の意志と努力でそんなことをできると考えない方が良い。ただ私達と共に、私達の心の中に、聖霊を通してお住まいになる、イエスがそのことをして下さるのです。殉教と言う言葉は、教えの為に命を捧げて文字通り死ぬことです。しかし私は殉愛と言う言葉を新しく造語して使おう。イエスを愛する愛のために、殉じるのです。
『わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、 高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。』( ローマ8:38~39)
⑫私達の地上生活は仮住まい(ヨハネによる福音書自己流解説最下段)
ヘブル人への手紙を読むと、この世にあって信仰者は生きて生活しているが、彼らが望んでいたのは、もっと良い住まい、天国を待ち望んでいたとあります。豪華な家ではなく、地上では仮住まいをして、粗末な幕屋に住むことによって、そのことを言い表した。それゆえ神は彼らの神と呼ばれることを恥となさらなかったのです。
『信仰によって、アブラハムは他国に宿るようにして約束の地に住み、同じ約束されたものを共に受け継ぐ者であるイサク、ヤコブと一緒に幕屋に住みました。アブラハムは、神が設計者であり建設者である堅固な土台を持つ都を待望していたからです。』(ヘブル11:9 ~10) 何故彼らは、遊牧民として粗末なテントに住み続けたのか。それは、信仰者にとってこの世は仮の世であり、本当に住むべき場所は、神の備えられた永遠に続く天の都であることを自覚していたからです。決して貧しかったからテント生活をしていたのではありません。むしろアブラハム、イサク、ヤコブ達はこの世的にも裕福でした。
『この人たちは皆、信仰を抱いて死にました。約束されたものを手に入れませんでしたが、はるかにそれを見て喜びの声をあげ、自分たちが地上ではよそ者であり、仮住まいの者であることを公に言い表したのです。このように言う人たちは、自分が故郷を探し求めていることを明らかに表しているのです。もし出て来た土地のことを思っていたのなら、戻るのに良い機会もあったかもしれません。ところが実際は、彼らは更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望していたのです。だから、神は彼らの神と呼ばれることを恥となさいません。神は、彼らのために都を準備されていたからです。』(ヘブル11:13~16)
『御子を信じる人は永遠の命を得ている 』(ヨハネ3:36)私達のうちには、信仰によってイエス・キリストが聖霊と言う形で、心の中に住んでくださっており、そのことによって既に永遠の命が始まっているのです。私達は地上では一時の旅人、仮住まいの者であるのです。信仰の先達に倣って、私達も更にまさった故郷、すなわち天の故郷を熱望して行きたいものです。
このことに関して、私はパウロが言ったある言葉を思い浮かべます。『ただ衣食があれば、それで足れりとすべきである。 』(テモテ第一6:8口語訳)この聖句に何故住居が入っていないのか、長年不思議に思っていました。平たく言えば、アブラハム達はテント生活をしていました。たぶんパオのようなちゃんとした幕で出来た住まいではあったとは思います。しかし私達が今暮らしている、建物とは随分かけ離れた不便なものであったでしょう。
財産があるのに敢えて恒久的な建物に住まなかったのは、彼らが仮住まいすることが、天の本当の住まいを望んでいることの、信仰による言い表しだったのです。さて、であるならば、私達もこの地上において、アブラハム達の生き方を模倣すべきではないでしょうか?もちろんだからと言って、今住んでいる住まいを捨て、テント生活をしろとは言いません。そうではなく、そのような気持ちで、豪華な住居を求めるようなことはせずに、多少の不便はあっても、足るを知り、天の住まいを求めて行くことが大切な事であるように思うのです。繰り返しますが『ただ衣食があれば、それで足れりとすべきである。 』この中に住が入っていないのです。
⑬キリストの名によって何でも祈れば、祈りが聞かれるとはどういうことか(ヨハネによる福音書14章中段より)
『わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。こうして、父は子によって栄光をお受けになる。わたしの名によってわたしに何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう。」』(ヨハネ14:13~14)とイエスは弟子達にお約束なさった。
天の父なる神に、祈り求める時、イエスの名によって願うならば、何でもかなえてあげようとはどういう意味であろうか。何でもとは言ってもそこには必ず制限がある。ここの文脈を良く読めば、それは父がキリストによって栄光を受けるためだと言うかなり、厳しい制限が設けられていると理解すべきだ。
それは父が栄光を受ける範囲における何でもであって、神の栄光を汚すような、また神の栄光の為にならないことまでは、何でもの中には入っていないと考えるべきです。
私達の肉の欲望から出た願い事は、父の御旨にはかなわないことが多い。人を貶めたり、呪ったり、相手の不幸を願ったり、また嫉妬心から出たことを願ったりすることは決して神の御言葉に合致しないことなのです。そのような祈りは、どんなにイエスの名によって祈ろうがかなえてはいただけないのです。しかし、逆に考えれば、このお約束は、神のご栄光になるのであるならば、人間的に不可能だと思えるような願いであっても、祈りの内にかなえて下さることを意味しています。それが自己の欲望の為ではなく、本当に相手の幸せのために必要なことであるならば、キリストは私達に代わって、私達の祈りを執り成し、父なる神の前に、嘆願をして下さいます。
私達の願いは単独では、父なる神に届かないかもしれないが、天の至聖所で、キリストがご自身の十字架で流された犠牲の血をもって、私達の祈りを清めて下さり、嘆願の助成をして下さいます。私達の穢れた願いが、御前に清められ、神の前に良き香りとして、昇って行くのです。イエスの名によって、父なる神のもとに届くのです。
私達の祈りが聞かれたと言うことは、イエスがもう一度私達の為に血を流して、神の前に『仲介者』(テモテ第一2:5)、『弁護者』(ヨハネ第一2:1)、連帯保証人として、執り成して下さった結果なのだ、と私は祈りの実現をそのように解釈しています。
今申し述べたことを踏まえつつ、個人の信仰の成長のためにも、愛の神に信頼して、お約束に従って、キリストの名によって祈ることを実際にして見よう。祈りは聖霊によって助けられながら、実践することが大事です。祈りなくて、キリスト教は成り立たないと言っても良い。100の理屈を並べるよりは、むしろ心からキリストの名によって祈ってみよう。『あなたの口を広くあけよ、わたしはそれを満たそう。 』(詩篇81:10口語訳)とあります。
ただ大きく開けすぎて、物的祝福を持って、神の恵みだと勘違いしないことを私は自分の経験から、充分注意しておきます。神は寛容で偉大な方です。私達がこの世の肉の繁栄を求めるならばある程度は許して下さいます。
また、私達が自分でも努力を惜しまず、物質的祝福を求めて、勤勉に働くならば、あらゆる良い機会を通して人生にチャンスを与え、必要なものを備えて下さいます。それは恵の内に、神が与えて下さる、この世における祝福です。私は物質的祝福を否定しない。私達は、霊的な生活、御言葉を戴くだけでは生きていけない。「『人はパンだけで生きるものではない。神の口から出る一つ一つの言葉で生きる』と書いてある。」(マタイ4:4)との教えは、生きていくためには、肉のパンも、霊のパンも両方食べなければならないと解釈します。
しかし聖書が教える、私達の信仰が目指す方向性は、物質の祝福より、もっと大事な根本的な生き方です。それはたとえ物質的に恵まれなくても、イエスに似た生き方をしなさいと言うことです。キリスト教はキリストに近づき、キリストが歩んだように歩み、自分がキリストに似て行くこと、その愛の行いの実践において、成長して行くことを目的としています。ただ恵みによってありのままに、神の前に義と認められ救われれば良いと言うことではない。もっともそのことは信仰のどの段階であろうと適用されるべきであり、最も大事なことではあります。
私達が最後の息を引き取る時ですら、全くふつつかな僕であり、御前にただ恵みによって義とされるしかない。しかし信仰の歩みを前に進めなければならない私達にとって、義認は常にされつつも、さらにこの世で、イエスに似た生き方をすると言う目的をもって進んで行かねばならないのは、聖書が教えているもう一つの明確なメッセージです。
⑭罪とは根本的には霊と肉の葛藤の問題に起因する(ヨハネによる福音書自己流解釈15章中段より)
聖書、特にパウロが言わんとする霊と肉と言う人間理解について考えて見たい。飛躍の多い文章になって、読みにくいとは思うが、さらに以下に書き連ねておこう。
罪とは現行罪も含まれるだろうが、もっと根本的な問題であろう。それは根本的には霊と肉の葛藤の問題に起因する。まず霊と肉の関係を追及しておく。
聖霊をいただいて生きていると自分では思いながら、実は肉的なことを求め、霊の名によって、肉の業を行い、肉の業に加担していたなどと言うことが、私の信仰生涯の中で多々あった。
はっきりとした罪とはならないが、この世で生活をして行く上では肉的なことがとても多い。真の肉と霊の区別をする(判断をする)と言うことは、中々容易ではない。私達は肉体をもってこの世で生活している。神からいただく霊だけで生活することは出来ない。私達の個人の生活の中にあっては、霊と肉はことごとく有機的に、結び付いている。自分達の持っている弱い(ある方々にとっては強い、強すぎる)肉の身体と、自分の置かれた社会的環境も複雑に絡み合っている。
肉体の命が死ぬとき、私達の中にある霊は神の息になり、神に戻ってしまう。その状態は無意識です。死は眠りと同じ様な状態であり、私達の霊そのものがふわふわと存在するようなことは決してないのです。世の終わりとなってキリストが天から再臨なさるとき、復活が起きます。もう一度神は私達の身体を土の材料から復元なさいます。神が息を吹きかけると私達はもはや朽ちることのない栄光の身体に再生され、新しい命をいただき、質の異なった、罪のない、喜びに満ちた二度目の人生を送ることが出来るのです。これが私達SDAのクリスチャンが持っている希望です。もしこのことが、私達が信じた通りであり、事実だとすれば、この世の一生はひと時の仮の姿に過ぎない。
私は73歳になったが、本当に人のこの世での一生は余りにも短く過ぎてしまうものだなと、つくづく感じます。ついこの間までは私も青年であった。その思い出は私の感覚としては、ついこの間のことです。日本三育学院キリスト教学科で学んでいた頃、あの時、学友達と寮の中で、冗談言って笑い合っていたことを、懐かしく昨日のことのように思い出す。あの頃の、20代前半の青年達はどうしているのだろうか。既に老い、白髪になり、容貌も変わり、会っても分からないのではないか。風の便りに聞けば、その頃にお会いしたうちの私と同年代の4~5名の方々が、もう永眠してしまったそうだ。ボケかまし合いながら、笑い合った友がもういない、ということは、何と寂しいことであろう。
そればかりか、時々自分の顔を鏡で見て驚く。この皺が寄った、老人顔をした人は誰だろう?まさしく今の自分の姿なのです。一生がこんなに短く、アッという間に、夢のように終わって良いわけがない。最初から神はこのように短い人生を人間にお与えになったわけではないはずです。罪の結果このように、人生は短縮されてしまったが、やがてすべてが回復される時が来ます。永遠の幸せな、真理を探究できる時間が用意されているのに違いない。私は、そのように信じ、そのように望み、求めて御元に来る総ての者を必ず救われる神の愛をいただいて、真実に生きて行きたい。
肉の命、生まれつきの命も大事です、その果たす分があります。しかしそれだけでは真に生きているとは言えない。どんなに道徳的に高潔に生きている方でも、それは肉を磨き、精進しているに過ぎない。第一のアダムにある支配、罪と死の支配を免れることは出来ない。しかし、『アッバ、父よ』と叫ぶ、御子の霊をいただく時、私達は本当に生きる者となるのです。『 あなたがたが子であることは、神が、「アッバ、父よ」と叫ぶ御子の霊を、わたしたちの心に送ってくださった事実から分かります。』(ガラテヤ4:6)
キリストの霊を持たなければキリストのものではない。『神の霊があなたがたの内に宿っているかぎり、あなたがたは、肉ではなく霊の支配下にいます。キリストの霊を持たない者は、キリストに属していません。 』(ローマ8:9)。
ここが始まりです。主を信じる総ての人は、キリストの十字架と復活を、個人的に自分のものとして体験する事により、キリストのものとなり、キリストが心の中に住んでいます。
『キリストがすべてであり、すべてのもののうちにおられるのです。』(コロサイ3:11)と書いてあるとおりです。
『アッバ、父よ』と叫ぶ御子の霊を、さらに上より求めて行こう。これが信仰の土台であり、始まりです。
『「神はわたしたちの内に住まわせた霊を、ねたむほどに深く愛しておられ』(ヤコブ4:5)ると書いてあるとおりです。