付録 ヘブル人への手紙
ヘブル人への手紙の私的要点解説
パウロ書簡としてはヘブル人への手紙は一般的には考えられていない。まずパウロが書いたという記述がないこと、非常に流暢なギリシャ語が使われていること(オリゲネスは見事なギリシャ語が用いられていることについて他のパウロ書簡とは違うと指摘)、通常パウロの書簡に見られる形式をとっていないということ、特に根拠となるのは、福音のメッセージを直接イエスから啓示されたのではなく、人から伝えられて知ったと受け取れる聖句があること(ヘブル2:3参照)。
西方教会にあっては、この書の正典性を疑い、当初は正典には入っていなかった。カルタゴ会議で(紀元397年)正典の一つとして承認され、以後、内容から言ってもその正典性を疑う者はいなくなった。
東方教会にあっては、最初から著述者はパウロである、もしくはパウロの思想を受け継いだものであると信じられてきた。
著者は第2世代のクリスチャンであり、しかもギリシャ語を流暢に操るユダヤ人クリスチャンで、同じ第2世代ユダヤ人クリスチャンに向けて書かれたという学説もあります。
キリスト教に対する迫害があり、この当時、キリストを受け入れ信じたユダヤ人達の中に、ユダヤ教の律法的な生活様式に回帰しようとしていた人々がいて、それらの人々に向けて、ヘブル人への手紙は警告として書かれたという意見もあります。
また『レビ記』の解説書とエルサレム神殿での礼拝における手引き書が著者の手元にあったと考える人もいます。
もちろん、著者はパウロであるという説をとる方々もいます。
ではどの説をとるか、これは難しい問題ですが、少なくともヘブル人への手紙の思想は、パウロの思想を継続しており、また聖霊によって書かれた神の言葉であるという立場は堅持して行こう。高等批評の迷いの中に足を踏み入れ、神の言葉の真実性まで疑うようなことにはならないように注意しよう。
神殿の儀式がまだ行われていたことをうかがわせる描写があるので、紀元70年の、ローマ軍による、エルサレム滅亡、神殿の破壊前に書かれたという説を主張するのは、少数派ではあるが、私はそのような説を支持します。パウロがローマの牢獄において獄死したのが紀元67年頃であるから、その前に書かれたと私は思っています。正確な年代は分からない。しかし、パウロが著者である可能性を排除しないとすれば、紀元65年頃書かれたとする説をとりたい。第一回目の捕縛が紀元62年~64年とすれば、第二回目に捕縛(紀元67年?)されるまでの間に、パウロがへブル人への手紙を書いたと考えるのが順当であろう。
書かれた場所も特定はできないが、一般的にはイタリアのどこかと言われている、となればローマで書かれたと取るのが、無理のないところではないだろうか。
後述するが、ヘブル人への手紙は、パウロがローマ人への手紙等で展開する、贖罪の概念と密接に結びついており、思想の統一性において大きな影響を、私にも及ぼしています。そういう意味では、もしヘブル人への手紙が、神の言葉でないとしたら、以下に挙げる、救いに関する私が理解している基本的な概念が覆されてしまうので、キリスト教信仰が成り立たないほどの重要問題です。このヘブル人への手紙のこれから展開する私が理解している基本概念は、神の言葉から出たものとして、信じています。これはルター以来、「聖書のみ」「信仰のみ」を貫いている、プロテスタントの一人として、恥じることの無い、聖書理解であると自負しています。もちろん、何事にも限界があり、間違って理解している部分もあろうかとは思っています。人間は常に謙虚であるべきです。
ヘブル人への手紙から提議される重要問題を以下列記します。
・キリストは復活し昇天後、聖所に入られたか至聖所に入られたか?
・レビがアブラハムの腰にあって、キリストの予型であると考えられるサレㇺの王メルキゼデクに十一献金を捧げた神学的意味は何か?(根本的な神学上の重要課題が隠されています)
・心底から解放され、神の前に救いの平安をもって近づくことが出来るのか?良心の咎めと罪の記憶の問題。
・ローマ人への手紙5章でパウロが展開する、第一のアダムによって死に定められ、支配されている人間が、復活なさったキリスト、すなわち第二のアダムにある自由、義の支配、復活の命の支配に、信仰によって、組み入れられているという重要な神学的論証がある。しかし、その恵みの支配はこの世においても、どれほど確実に私達にまで及び、私達が義の経験を現実の生活の中ですることが出来るのか?
・キリストの贖罪によって、絶大な魂の救い、すなわち安息を得た人間は、神が7日目に休まれたように、今も7日目 を救いの安息の記念日として休むべきではないのか?(ヘブル4章の問題)
これらの重要問題について、ヘブル人への手紙は解決の糸口を与えてくれるでしょう。上記のような神学的問題を含んだ手紙ですが、霊の目をもって祈りつつ、瞑想しつつ読み進めて行くとき、もっと新たな、聖書の御言葉に潜む、金の鉱脈を発見することが出来るかも知れないのです。
今回の個人的な解説は、章を追っていくような形式は取りません。神学的に問題となるような個所を、要点のみ拾い出して、説明していくこととします。これまでのパウロの他の手紙の思想と違うような、解釈はないと思います。また、たとえ色々な学説が著者に関してあるとしても、 これだけの大きな問題を定義する著者はパウロ自身しかいないと、私は個人的には考えています。
ヘブル人への手紙の中心テーマを大雑把に紹介したい。
まず本質は、復活し、さらに昇天後、キリストが大祭司として天にある至聖所に直にお入りになったので、もはや救いは完全になされ、完成されたという事です。罪の身代わりに羊の血を捧げる事を中心にした地上のユダヤ神殿における犠牲制度による贖罪儀式は廃され、キリストこそ神の怒りをなだめる身代わりの捧げものであり、羊の血ではなく、キリストが十字架上で流された血潮によって、私達は救われます。その血により、罪が拭い取られ、清められ、良心の咎めはなくなり、確信を持て神の御座に近づくことが出来ます。
ヘブル人への手紙には、死んだ行いの悔い改め等、基本的な教えを学び直すようなことはせず、キリストの罪の赦しの血、契約の血を信じ切って、良心の咎めを捨て去りましょう、とあります。
『だからわたしたちは、死んだ行いの悔い改め、......神がお許しになるなら、そうすることにしましょう』(へブル6:1~3新共同訳)
『...イエスの血によって聖所(至聖所)に入れると確信しています。......心は清められて、良心のとがめはなくなり、......信頼しきって、真心から神に近づこうではありませんか。』(へブル10:19~22新共同訳)
もはや、行き過ぎた良心の呵責に悩む事はないのです。罪の記憶ですら、 『...あなたはわれわれのもろもろの罪を海の深みに投げ入れ』(ミカ7:19口語訳)て、神は忘れてくだいます。これがお約束なのです。羊の血は罪の記憶を消し去ることは出来ません。
『......いけにえによって罪の思い出がよみがえって来るのである。なぜなら、雄牛ややぎなどの血は、罪を除き去ることができないからである。』(へブル10:3,4口語訳)
しかし、イエスの流された血は、罪の問題に対しては、神の赦しの最終回答であり、良心の咎めさえ取り去ってくれるのです。『......心はすすがれて良心のとがめを去り、......』(へブル10:22口語訳)とあります。
ユダヤ人にとって、ユダ族出身のキリストが、大祭司であるという発想は新しいものでした。大祭司はレビ人でなければならなかったし、ユダヤの宗教儀式は、民族としてのレビ族が専任で行うことになっていました。神殿の祭儀を規定したレビ記等の律法の書によって定められていました。イスラエルの部族の内、レビ族は祭司の部族であり、一般的な仕事をしないで、神に仕える事を専任としていました。残りの11部族が、収入のそれぞれ十分の一を持ち寄りレビ族を支えたのです。
キリストは、血統的にはユダ族の出身であった(マタイ1:3参照)。へブル人への手紙が書かれた背景に、キリストはユダ族であり、 レビ族ではないので、大祭司にはなれないと言うユダヤ人の理解があったと思われます。
そうではないことを証明しようとして、ヘブル人への手紙の著者は、アブラハムの時代にあった故事を持って来て、その証明にしようとします。これは神学的には大変大きな問題を抱えることになりますが、それについては後述します。
ヘブル人への手紙の著者は、アブラハムがサレムの王、メルキゼデクに捧げものをして礼拝したことを旧約聖書から引用します。アブラハムと言えばユダヤ民族にとって信仰の父として、最も尊ぶべき存在です。アブラハムが、メルキゼデクにすべての物の十分の一を贈りました(創世記14:18~20参照)。メルキゼデクとはいったい何者でしょうか?創世記の中に突然出て来ます。神の祭司であるが、血統もなく、始めもなく、終わりもなく、永遠から永遠にいます方であります。実はこれはキリストの別名による顕現であると言われています。あるいは、メルキゼデクと言うサレムの王が実際にいて、キリストの予型であったと言う説もあります(SDAはメルキゼデクはキリストではなく、当時サレㇺに実際にいた祭司で、キリストを型として予表していたと解釈しています )。
何れにせよ、アブラハムがメルキゼデクに捧げものをした時、レビはまだ生まれていなかったのです。正確に言えば、レビは、アブラハムの孫ヤコブの子供、すなわちアブラハムのひ孫です。この時はまだ生まれていず、まだアブラハムの腰の中にいました。変な表現だが聖書はそう主張しています。
アブラハムがメルキゼデクに十一献金の捧げものをしたとき、レビはアブラハムの腰の中にあって、アブラハムと一緒に捧げものを、メルキゼデクにしたことになります。イエスはメルキゼデクに等しい方、メルキゼデクはイエスの予型 なのであります。レビ族は、祭司の民族であり、大祭司もレビ族から選ばれるきまりです。しかし元をただせば、レビもアブラハムの腰の中にあって、捧げものを、メルキゼデクにしたのだし、そしてメルキゼデクはキリストの予型 なのだから、キリストこそ、ユダ族から出ても、真の大祭司であります。こういう論法で、ユダ族のイエスが、レビ族より優越しており、天にある真の聖所で仕えておられる真の大祭司であると主張します。
『...(大祭司たるイエス・キリストが)天におられる大いなる方の玉座の右の座に着き、人間ではなく主がお建てになった聖所また真の幕屋で、仕えておられるということです。』(ヘブル8:1,2)
こんなことを言いだせるのは、弟子たちの中で、最も学識豊かであったパウロ以外に考えられないのです。ユダヤ人の神殿を中心にした犠牲制度が、ヘブル人への手紙には事細かく書かれています(へブル9:1~14参照)。その要点は、地上にあったユダヤの聖所には毎日、羊の燔祭の血が聖所の前の部屋に注がれていました。毎日ユダヤ人が犯す多くの罪が、羊の血によって、聖所の前の部屋に運ばれ、赦されていきました。その積み重なった罪が、1年間聖所の前の部屋に、象徴的にたまっていたと考えました。1年に1度、贖罪の日に(今の暦で、10月頃)1頭の山羊を殺し、その血を持って大祭司が聖所の後ろの部屋、すなわち至聖所に入り、清めの儀式をしました。さらに1頭の山羊を荒野に放ち、野垂れ死にをさせます(これはサタンがやがて滅ぼされることを象徴していました)。
『兄弟たちよ。こういうわけで、わたしたちはイエスの血によって、はばかることなく聖所にはいることができ、彼の肉体なる幕をとおり、わたしたちのために開いて下さった新しい生きた道をとおって、はいって行くことができる(ここは至聖所を指すと私は解釈) のであり、さらに、神の家を治める大いなる祭司があるのだから、心はすすがれて良心のとがめを去り、からだは清い水で洗われ、まごころをもって信仰の確信に満たされつつ、みまえに近づこうではないか 』(へブル10:19~22口語訳)。
だから救いは完全であり、良心の咎めを取り去り、悔い改め、バプテスマ、按手、罪の告白などのキリスト教の初歩の教えを後にして、今や、良心はすすがれて、咎めはなくなり、救いの確信をもって神の御前に出られるのです。これがへブル人への手紙の中心テーマです。
『だからわたしたちは、死んだ行いの悔い改め、神への信仰、種々のバプテスマについての教え、手を置く儀式、死者の復活、永遠の審判などの基本的な教えを学び直すようなことはせず、.........』(ヘブル6:1,2新共同訳)
神学的重要問題が、既述した祭司制の変更(ユダ族であるのにイエスは大祭司である)に関する、ヘブル人への手紙の論証から派生します。むしろ私などはこちらの方が本筋論であると思うが、判断は、この稿を読んでいる方々にお委ねしたい。
この論理に従えば、私達全人類が、最初に造られた人、アダムの腰の中にいたことになります。進化論を信じていない私達クリスチャンにとって、人類の子孫の細胞の始まりは、アダムの腰の中にあると言う表現をすることが出来ます。もしそうなら、神が食べてはいけない、と言われた禁断の木の実を、アダムが罪を犯して食べた時に、 私達全人類も、アダムの腰の中にあって、禁断の木の実を食べたことになります。これは自由意志の選びとか人格レベルの話ではなく、遺伝的な細胞レベルの話ではないかと思います。この意味で私達は生まれながらに罪人なのです。
キリスト教的に言えば、全人類は神の前に罪人です。『......生まれながら神の怒りを受けるべき者...』(エぺソ2:3新共同訳)であり、『...「義人はいない、ひとりもいない。』(ローマ3:10口語訳)のであります。人間は神の前に全員が罪人であり、正しい生き方をしていない。
ローマ人への手紙5章12節から読むと、イエスの救いと、アダムの罪が対比されて書かれています。アダムにあって、罪と死の結果を被ることになった全人類は、第二のアダムであるイエス・キリストの義なる行為によって、その義が総ての人々におよび、義が被せられ、覆われて救われることになりました。もちろん信仰によってその救いを受け入れるならば、という条件付きではあります。この条件を付けないと、万民救済論になってしまう。
第二のアダムであるイエスの救いは、私達にとって第一のアダムにあって罪人とされた以上に、広範囲に、力強く適用されるはずです。『...もしひとりの罪過のために多くの人が死んだとすれば、まして、神の恵みと、ひとりの人イエス・キリストの恵みによる賜物とは、さらに豊かに多くの人々に満ちあふれたはずではないか。』(ローマ5:15口語訳)
アダムにあってアダムの腰の中で全員罪人とされたのですが、キリストによって、全人類の代表者として、神の子が、肉体を取られ、律法の下にお生まれになり、愛の律法を完全に実践し、罪を犯さず、完全なる生涯を送られたので、その義が、さらに力強く全人類に及ぶのです。
キリストが十字架上で肉を処断した時、私達も古き自分、肉の欲望で生きている滅ぶべき自分が、イエスの肉と共に完全に処断され、そのことを受け入れて、信ずる者には、聖霊が内住してくださり、弱い肉にありながらも、霊によって、霊の管理の下で生きる(霊の支配下にいる)ことが出来るようにして下さいました(ローマ8:3~11新共同訳参照)。
キリストが十字架につけられた時、私達も十字架につけられたのだし、キリストが復活した時、私達も霊的に復活しています。第二のアダムであるイエスの持っている体験はすべて私達の体験となります。さらには、人間が信仰によって深くイエスに結び付けられることによって、世の終わり、すなわちイエス再臨の時、本当の復活が起きて、私達もキリストと同様に復活させられるのです。霊的復活と実際の復活と両方を体験できるのです。
キリストにある私達には、既に永遠の命が、心の中で始まっています。全人類が第一のアダムの腰にあって罪を犯し、罪の支配下に陥りました。しかし、第二のアダムであるイエスにあって回復せられ、既に霊の支配下に入ったのです。つまり繰り返しますがイエスにあって既に永遠の命が、私達の心の中で始まっています。
父祖における罪の影響は、自分の親による影響も含めて大きい。ダビデは言った。わが母は罪の中に私を身ごもったと。『わたしは咎のうちに産み落とされ 母がわたしを身ごもったときも わたしは罪のうちにあったのです。』(詩篇51:7新共同訳)
私の個人的な経験であるが、生まれた子供が初めて、親に嘘をついた日を忘れることが出来ない。それは、自分の子が二歳から三歳の時、誰が教えたのか、自己を弁解するため、嘘をついたのです。誰も教えないのに、子供は自己を弁護するため噓をつくことを覚えるのです。
アダムの腰の中にあって、全人類は細胞レベルで一緒に罪を犯してしまったと私は解釈する。一方、あくまでも人間は自己意思の選択によって罪を犯すのであって、生物学的意味での罪の遺伝はないと言う考え方も、根強くあります。そのことを認めたうえで、私は前者の考え方を取ります。
第一のアダムの経験は、遺伝的、生物学的共有であって、第一のアダムが罪を犯したとき、全人類は第一のアダムの腰にあって、同時に罪人とされ、同時に堕落し、罪の支配に服してしまった。これは、肉に連なるものとして、遺伝的肉の弱さの中で、しかも体験的に、個人的に感じる事が出来ます。
しかし、イエス・キリストの救いの伝播、すなわち、イエスのなされた業の中にある救いの確証は、遺伝的、生物学的、細胞的な物ではない。それは言わば、聖霊の注ぎの確証です。聖霊による新生の経験は、ある意味捉えどころがない。第二のアダムにある私達の内的経験は、どれほどに明確に霊の誕生として自覚できるのでしょうか。
第一のアダムに自分があることは、自分自身の経験として、肉の弱さのゆえに、肉とその欲望に憑りつかれ、泥まみれの中で生活してきた過去は、消すべきもなく、自分の中でハッキリしていますが、第二のアダムを受け入れた時には、どれほどに明確に霊の誕生を自覚できるのであろうか?
生涯のある時点で救われて、肉の人から、霊の人になったとしよう。イエスにある、新しい誕生も、明確に自覚できるのだろうか?
イエスの贖罪を信じる時に、上からの霊による生まれ変わりが求められます。イエス・キリストに心の中で固く結ばれて行くこと、それは聖霊を毎日注がれるという事に他ならないのです。毎日キリストに、霊の心の中で出会い、霊のキリストが、自分の心の中に住んでおられることを悟る事。祈る事でもよい、瞑想でもよい、御言葉を深く考える事でもよい。霊の臨在を、自分の近くに感じ、信じ、隣人の為愛の行動をする事、こうする以外に、キリストにあるリアリティーを自覚する方法はないはずです。クリスチャン経験の成長の中で、第一のアダムにある時の罪深い経験以上に、第二のアダムであるキリストにあることは、明確な聖霊の満たしの経験であるべきです。
ローマ書5章17節に、『......さらに力強く支配するはずではないか。』と書かれています。このことを体現するには、どうしても、祈りと瞑想、ある時には断食祈祷、日々の繰り返し、本当に御霊と共に歩む、霊的格闘とも言える過程が必要になって来ます。私はまだ、『さらに力強く支配する』経験をさせていただいていません。ある瞬間に力強い霊の支配を感じることもありますが、まだそこまでなのです。
私達の霊性も肉体も弱いのです。聖化とは、一朝一夕になるものではなく、日々聖霊の臨在と、満たしを求め、キリストに結ばれて行く、長い繰り返しの信仰の道程であります。何処に、『......さらに力強く支配するはずではないか。』というパウロのイエスにある、力強い、現実の生活における、キリストの体現を感じるでしょうか?救いの要素は、アダム以来の弱い私達の側にはない。
人間の生まれつきの才能や、後から学習によって獲得した、知識、学識、能力等、それらはこの複雑な現代社会を生きて行く上で、またこの世の仕事をする上でも、大事なものであるが、それらを一度十字架につけてしまおう。虚しくなった自分を見つめ直し、復活のイエス・キリストの霊に満たされ、自分も霊的に復活したような体験をして、最終的には、神と隣人の為に命を捨てるほどの、愛に満たされた活動へと、そのリアリティーを求めて行く以外にないでしょう。
このような御霊に満たされた力強い生き方が出来る一方で、ヘブル人への手紙には、こんな厳しい言葉も書かれています。光の道を歩み聖霊を受けたものが、もう一度この世の中に帰ってしまって、世俗の人々と同じになってしまったら、もう一度イエスのもとに帰る事は困難でしょう、(へブル6:4~6口語訳参照)と。
しかしこうは言うものの(へブル6:9口語訳参照)もっと恵まれたこと、救いにかかわるもっと良いことが起きる可能性をその後に続けています。神は愛であるから、かつて、イエスの御名を愛し、信じ、献身したことをお忘れになるような方ではないのです。一度イエスから離れて、この世を選択してしまっても、もう一度イエスのところに戻るのは、決して不可能なことではないのです。
たぶん、様々な肉の必要を満たさなければならない(男性にとっては仕事関連のことが多い)ことが原因で、この世に溺れ、キリストから離れてしまった人にとって、キリストに帰る、再びキリストと共に歩むことが出来る、魂の救いを再び味わえる、こんな幸せはないはずです。
次に魂の救いに関して、キリストの下に来て救いを、心の慰めと安らぎ、真の安息を見出した者に対して、曰わば、魂の救いの安息日を論じた、ヘブル人への手紙の個所があります。
新約聖書の記述の中で、ただ一か所安息日の霊的意味についてヘブル人への手紙にその記述が見出されます。
ここにおいても、非常に微妙な言い回しで安息日を扱っている事に注目されたい。ご自分でヘブル4:1~11を良く読んで下さい。聖句の前後関係を良く読み評価してもらいたい。
ここで難解なのは、パウロが(ヘブル人への手紙の著者は誰かは書かれてないが、内容から言ってパウロの可能性大)第七日目安息日、天地創造の記念日(ヘブル4:4口語訳)を念頭に論じながら、同時に神の安息(へブル4:1)、すなわち魂が十字架で救われた事、言い換えれば魂の安息、救いの安息について、言及していることです。
結論は救いの安息、魂の安息にイエスによって入った者は、『こういうわけで、安息日の休みが、神の民のためにまだ残されているのである。』(ヘブル4:9口語訳)と書かれているように、安息日を守ろうではないか、という事です。
へブル書のテーマは、もはや罪の記憶や、良心の咎めさえも、完全に取り去られ自分の心の平安な状態が得られると言うことに尽きます。霊的な意味で天の至聖所の中へ、イエスの肉体なる幕を通って、天地創造の神の御前に、確信と安らぎを持って近づくことが出来るのです。地上にありながらも、天の神の宮の中に招かれ、その中に安らぎを持って入ることが出来るのです。信仰の心の中、イエスの霊の臨在のうちに父なる神の前に出ることが出来ます。
そのような魂の救いの平安を味わったものは、地上においても平安のうちに神の安息に入れます。前述した意味での救いの確信をもって、第7日目安息日を魂が安息できる日として行けるのです。
その当時ユダヤでは安息日と言うと、本来の魂の安息日の意味は失われていました。地上の肉の体を休める意味で、肉の労働をしてはならない日として、『なんのわざをもしてはならない。』(出エジプト記20:10口語訳)を曲解して、人々を、「………をしてはならない、ならない、ならない」の連続的戒律に化し、人々を縛り付ける以外の何の役割も果たていなかったのです。
へブル書が主張する、天の至聖所に入り、良心の咎めもなく神の御前に出られた者は、魂の救いの安息に入ったのです。だから神が御業を休まれたように、自分も業を休むのです。すなわち仕事を休むこともその中には含まれるのです(へブル4:10口語訳参照)。従ってこの安息に入るよう努力しようではないか。この安息日の御言葉に従順でないと、不従順の悪例に倣う事になり、救いから漏れることになるかも知れないのです(へブル4:11口語訳参照)。
さらに話しをややここしくしているのは、キリストの福音を受け入れた日、ある日を今日として定め、今日御声を聞いたなら、心をかたくなにせず、この素晴らしい罪の赦しを与えるイエスの福音の言葉を受け入れなさい、と福音の宣教と絡ましているところです。ダビデの預言の言葉を引用しています。そして、このキリストを受け入れた日が、実はそれぞれの人の今日であり、イエスとの出会いの日であり、魂の救いを受け入れた人は、ヨシュアが当時のユダヤ人を休ませていたように、7日目の安息日を救われた人は休むべきであり、神は後になって、他の日の事について語られてはいないのです(へブル4:7~8参照)。ヨシュアから今日福音を受け入れたら、心をかたくなにしてはいけないと預言したダビデまで、約500年の時間があるのに、それを短い言葉で、7日目を決定づける、フレーズとして引用しているのも驚きです。
この部分の要旨は、神との間で、魂の安息、すなわち罪の赦しを得た信徒は、先祖たちが守って来たように、肉体的にも、仕事を休み、安息日を守るべきです。新約時代に入っても、7日目安息日遵守はまだ残っているということです。『こういうわけで、安息日の休みが、神の民のためにまだ残されているのである。』(ヘブル4:9口語訳) もしそれを守らないと、先祖たちが陥ってしまった、不従順の悪例にあるように、神の御言葉に対する不従順に陥ってしまい、信仰の落伍者が出るかも知しれないので、安息日を守ろうというのです(へブル4:10,11参照)。
繰り返しになるが、重要ポイントなので要約します。ヘブル人への手紙の『こういうわけで、安息日の休みが、神の民のためにまだ残されているのである。』(ヘブル4:9口語訳) 神の安息、すなわち救いの安息、魂の安息に入った者は神が御業を休まれたように、自分も業を休んだ、すなわち仕事を休んだ(へブル4:10口語訳参照)。この安息に入るよう努力しようではないか。この安息日の御言葉に従順でないと、不従順の悪例に倣う事になり、救いから漏れることになるかも知れない(へブル4:11口語訳参照)。ここの記述は第七日目安息日を守るべき、新約聖書の御言葉の根拠として、もっと評価されて良いと私は考えます。
さて、安息日遵守は、霊の問題である。イエス・キリストの十字架の血によって、魂の救い、魂の安息を得た者だけが、真の7日目安息日を、魂の安息として過ごすことが出来ます。この世の肉の仕事も休まなければならないが、ただ仕事をしなければ良いと言うようなそんなレベルの話ではないのです。その日は、罪から救われた真の安らぎの日、魂の救いの記念日であり、同時にまた天地創造の記念日であります。さらにイエスの贖いにおける再創造(新生と聖化)の記念日とも言えよう。天使たちと共に創造と贖いと再創造の三重の意味で神を賛美し礼拝する日です。この日こそ、最も身近にキリストを感じ、意識し、霊に満たされ、魂の救い(安息)を感じる、本当の心の安らぎの日でなくてはなりません。
結論としては、最終的には第7日目安息日遵守は、御言葉への単純な従順へ導くという事ではないかと私は考えます。
罪とは何か、道徳的な事もあろうが、命を捨てるほどに神と神の造られた人を愛せと言われたイエスの言葉が実行できないのが、最も根深い深刻な罪です。あるいは神無しで自分の力、能力だけで生きて行くこと、神無しの自律的生き方が罪です。そのような生き方は利己心の裏返しだとは思いますが、どう考えてもキリスト教の言っている罪とは、一般社会における善悪や道徳的、倫理的レベルの話ではないと思えます。
人間の力だけで生きれるという、正に現代のバベル(混乱の意味)の塔を、今、心の中に打ち立てようとする、神の存在を自分の思念から除いた、人間中心の考え方そのものが罪の本質です。色々な表現、考え方はありますが、罪とは何でしょうか。アダムとエバの罪の始まりまで遡ります。ご存知のように神が食べてはいけないと命じた禁断の木の実(善悪を知る木の実)を食べたことが罪の始まりです。要するに単純に、愛の神の言葉に信頼しなかった、信じなかった、不信仰が罪の原因です。神の愛の御言葉に従わなかったことが罪です。どんなに言い訳をしようが、神の言葉への従順が一番大事なことです。安息日とは何か。魂の救いの結果、安息として肉体の仕事も休めて、第7日目に神を賛美せよと言う、聖書の言葉に、単純に従う事です。ここは是非、ただ仕事をしなければ良いと言うような形式レベルの話ではなくて、聖霊によって、本来の救いの喜びに満たされる、魂の安息日としたい。
さて、ここからは、天の聖所、至聖所の問題について、SDA教会の歴史も踏まえて考えて行こう。
イエスが地上生活を終えてから、天にお帰りになり、今まで天で何をしておられたのだろうか。イエスご自身が、『あなたがたは、心を騒がせないがよい。神を信じ、またわたしを信じなさい。わたしの父の家には、すまいがたくさんある。もしなかったならば、わたしはそう言っておいたであろう。あなたがたのために、場所を用意しに行くのだから。そして、行って、場所の用意ができたならば、またきて、あなたがたをわたしのところに迎えよう。わたしのおる所にあなたがたもおらせるためである。』(ヨハネ14:1~3口語訳)と言われた。
確かにイエスが、何もしないで神の御元、天の宮、天の聖所で、お過ごしになっているはずはなく、場所の用意をすると言っておられるのだから、そのままイエスの言葉を信じよう。弟子達の誰もが場所の用意に2,000年もかかるとは思っていなかったとは思うが。そのことについては、この今生きている私、またこの文章を読んでいるあなたをも、天国に入れる対象者にするため、一人でも多くの人々を救うために、この2,000年の歳月が必要だったと考えることにしよう。ペテロが言っているように一人でも多くの人が救いに与かるためです。『ある人々がおそいと思っているように、主は約束の実行をおそくしておられるのではない。ただ、ひとりも滅びることがなく、すべての者が悔改めに至ることを望み、あなたがたに対してながく忍耐しておられるのである。』(ペテロ第二3:9口語訳)『主の寛容は救のためであると思いなさい。』(同3:15)
イエスは天の聖所にお入りになり、父なる神の前に出られ、大祭司として、私達のために、執り成しをしておられるのです。『今述べていることの要点は、わたしたちにはこのような大祭司が与えられていて、天におられる大いなる方の玉座の右の座に着き、人間ではなく主がお建てになった聖所また真の幕屋で、仕えておられるということです。』(へブル8:1,2新共同訳)
『そこでまた、彼は、いつも生きていて彼らのためにとりなしておられるので、彼によって神に来る人々を、いつも救うことができるのである。』(ヘブル7:25口語訳)
『だれが、わたしたちを罪に定めるのか。キリスト・イエスは、死んで、否、よみがえって、神の右に座し、また、わたしたちのためにとりなして下さるのである。』(ローマ8:34口語訳)
イエスは天の聖所の中で、大祭司として、父なる神と私達人間の間に立って、執り成しをしておられるのです。天の聖所におけるイエスの働き、ご自分の十字架の血を携えて父なる神の前に私達の罪の赦しと清めの嘆願をなさっていることを瞑想することは、二重贖罪になってしまうのだろうか。贖罪の根拠は天の聖所においても、地上のカルバリーの丘で流された、汚れのないイエスの十字架の血潮によるのであるから、それはダブルアトーメント(二重贖罪)にはならない。ただイメージとしてカルバリーの丘のイエスの場面に瞑想の課題と焦点を置くか、それとも、目には見えないが、今天のどこかにあって聖所の奉仕をしておられるイエスのお姿に焦点を置くかだろう。どちらも既になされたイエスの罪の贖いによる犠牲を根拠にしているので、それはそんなに大きな問題ではないだろう。
イエスは天の聖所にお帰りになられたと言うが、論点を少し変えてみると、イエスは物理的な、天の聖所におられるのであろうか。宇宙のどこかに、3次元的な意味で、そういうところがあって、物理的にイエスはその空間に存在し、奉仕しているのだろうか。 私のこれは個人的な理解と感想ではあるが、イエスの天の聖所での奉仕は、次元を超えたものとして捉えるべきではないかと考えています(物理的に天に聖所があって、そこでイエスは奉仕をしておられると考えている人はその立場を尊重したい、あるいはそうかも知れない)。
宇宙の大きさは、私達の知性では十分に理解できないほど大きい。天の川銀河が属する銀河団は5億光年ほどの大きさで、約10万個の銀河の集団であることが観測されている。ビッグバン理論が正しいとするならば、宇宙の誕生から138憶年たっています。138億光年先に、最も遠い銀河が存在し、しかも、外縁部に行けば行くほど、中心から離れる速度は増しているそうです。あたかも風船を膨らますように、宇宙は中心から外に広がり続けているのです。宇宙全体の銀河数は、2兆個と言われており、一番大きな銀河団は100憶光年もの大きさがあるそうです。天の川銀河そのものは約2,000憶個の恒星から出来ている、わりあい大きな棒渦巻銀河です。星の数など誰も数えられるものではない。さらに138億光年先はどうなっているのか? その外側に、果てしも知れない宇宙空間が広がっており、その直径は930億光年であると推測されます。やがて、それぞれの銀河が、中心から離れて飛び続け、広がり続ければ、理論的には宇宙はカラッポになってしまうのか。そんな理論もあります。しかしそれはまだわからない、ある程度膨張した宇宙は、そのうち収縮に向かうと考える人々もいます。
この宇宙のどこかに物理的、3次元的に、イエスのおられる聖所があって、その限られた物理的空間の中で、2,000年間、イエスが執り成しの奉仕をしているとは、私の頭ではチョット考えにくい。3次元の世界ではなく、次元の異なる場所に天の聖所があり、場所と言う言葉が使えるかも甚だ疑問ではあるが、そこにイエスはおられるのだろう、私はそのように、イエスの天における奉仕を理解しています。
こんな笑い話があります。ある天文学者が、望遠鏡で、宇宙を見まわし、どこにも天国はなかった、だから天国は存在しないと言ったと言う笑い話です。
3次元的な視野にとらわれると、こんな風になってしまいかねない。天国の存在は、次元を超えたところにあると私は考えます。この私が持っている天国概念とは、違う考えをお持ちの方もおられるとは思うが、それはそれで尊重していきたい。
聖所に関するSDA教会の伝統的解釈を以下に申し上げる。結論から先に言うと、1844年に再臨、世の終わりが来ると信じて待っていたキリスト教の超教派的グループが、アメリカにあり、その中からSDA教会は誕生した。もちろん、イエスは1844年に、来られなかった。言うまでもなく世は終わらなかった。彼らは、最初、1844年に聖所が清められると解釈し、その聖所は地上を指し、地上が清められる、すなわち再臨、世の終わりと考えたのです。
『...二千三百の夕と朝の間である。そして聖所は清められてその正しい状態に復する。』(ダニエル書8:14口語訳)
この言葉は直接的には紀元前538年に、ユダ王国(南朝)が滅ぼされ、その結果荒れ果てていた、ソロモン神殿の中にあった聖所が2300年後に回復することを意味していた。 何故、この預言を根拠に、世の終わりが1844年になるのか、その理由、2300の預言の計算は後述する。 何れにせよ、1844年にキリストが再臨なされなかったので、彼らは預言の解釈がそもそも間違っていたことに気付いた。それは地上の聖所ではなく、天の聖所の事であった。1844年に地上の聖所が清められるのではなくて、天の聖所の清めが開始されたのであると、SDA教会の創始者たちは考え、大失望を克服していった。
イエスは復活し、昇天後、天の聖所の前の部屋にお入りになり、日々、人類のために執り成しの務めをしておられた。そして1844年に、聖所の清めのため、後ろの部屋、天の至聖所にお入りになった(あくまでも従前の解釈)。
ユダヤの幕屋があった時代、地上の聖所の務めに、二つの部屋があった。前の部屋(第一の幕屋)には、日々イスラエルが犯す罪の贖いとして、日々羊が屠られ、燔祭として捧げられ、その血を前の部屋の隔ての垂れ幕のところにふりかけていた。しかし、一年に一度、贖罪の日には聖所の奥の部屋(第二の幕屋)、すなわち至聖所に大祭司が山羊の血(レビ記16:15,16口語訳参照)を携え入れ、十戒を納めてある聖なる箱の上、ケルビムが栄光の姿で覆っていた場所、償いの座(新共同訳)贖罪所(口語訳)に、罪祭として山羊の血をふりかけ、聖所の清めの儀式を行った。一年間イスラエルの人々が犯してきた罪が、聖所の前の部屋にたまっていたと考え、その日は山羊の血を至聖所に携え入れることによって、全ての罪を清める、罪の清算の日だった。その日は贖罪の日と呼ばれ、聖所の清めの日であり、幕屋の周りに集まったイスラエルの人々は、それぞれ一年間の自分達が犯した罪を思い起こし懺悔し、身を悩まさねばならなかった。身を悩まさない者は民から絶たれた。(レビ記23:26~29口語訳参照)さらに、山羊は2匹いて、もう一匹の山羊は殺さず生きたまま荒れ野に放ち、そこで野垂れ死にすることになっていた。これはアザゼル(サタン)を象徴し、やがて滅びることの予表と考えられる。
【ヘブライ語のアザゼル (עֲזָאזֵל) は「強い、ごつごつした」を意味するアズ (עז) と「強大」を意味するエル (אל) の合成語で、タルムード釈義では荒野の峻嶮な岩山か断崖を指すとされる[1]。このアザゼルの名は何らかの超自然的存在[1]や魔神[2]、あるいは荒野の悪霊[3]を指すとも解釈される。】 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)
同じように、天の聖所にも、部屋が二つあり、昇天後、イエスは天の聖所の前の部屋にお入りになり、民のとりなしの奉仕をしておられたが、1844年に、イエスが天の聖所の前の部屋から、後ろの部屋に、お入りになり、天の聖所の清めを開始したとSDAの創設者たちは考えた。罪の清めは、当然調査審判が天において開始された事を意味します。調査することなしに、裁きはあり得ないし、救いの確定は、同時に審判の時でもあります。
『今こそ、神の家から裁きが始まる時です。わたしたちがまず裁きを受けるのだとすれば、神の福音に従わない者たちの行く末は、いったい、どんなものになるだろうか。』(ペテロ第一4:17新共同訳)
『わたしが見ていると、もろもろのみ座が設けられて、日の老いたる者が座しておられた。その衣は雪のように白く、......審判を行う者はその席に着き、かずかずの書き物が開かれた。』(ダニエル書7:9,10口語訳)
『...「神をおそれ、神に栄光を帰せよ。神のさばきの時がきたからである。天と地と海と水の源とを造られたかたを、伏し拝め」。』(ヨハネ黙示録14:7口語訳)
これらの聖句を解釈していく時、教えは理路整然としており、誠に、SDA信徒たる者の、他の一般教会にはない、真骨頂とも言えるべき、天の至聖所における調査審判の開始と言う、他教会にはない、特別な教理の完成であった。
自分もまた、若い頃、真剣にこの教えを学び、天の聖所において、既に審判が1844年から始まっており、自分の調査審判はいつ行われるかと思い、厳粛な思いでこの教理を受け止めたものです。信仰の一過程ではあったが、ある時など胃の痛くなるような思いをもって自分の犯した罪を毎日反省し、神の前に個人的に、祈りの内に告白していました。誰に聞かせるものではない、ただ個人的な祈りの中に神に向かって悔い改め、告白し、祈りの中で日々を過ごしていた。 天の至聖所に思いを馳せ、いつ自分の調査審判は始まるのか、毎日真剣に祈っていました。こういう精神状態が良いか、悪いかわからないが、信仰を持つ過程の中で、誰しも一度は経験する事であるように思います。そして、このような経験は、私の信仰生涯にとって決して無駄ではなかった。しかし、そのような信仰の段階にとどまっていてはいけないと思うように、最近は段々なって来ました。そのことについては、後述します。
前後するが、何故1844年の10月22日に世が終わると考えたか、以下に概略を述べます。1844年にアメリカにおいて、ウイリアム・ミラーが起こした、超教派的な大再臨運動があり、多くのキリスト教徒がミラーの計算式を信じ、1844年に世が終わり、キリストが再臨すると信じ、待ち望んでいた。ところが聖書には『その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子(キリスト)も知らない。父だけがご存じである。』(マルコ13:32)と書いてあるとおり、世の終わり、再臨がいつかは、父なる神の専権事項であり、人間には知ることが出来ないことであった(キリストも知らないことを誰が知り得よう)。
結局、ウイリアム・ミラーが提唱した1844年10月22日にはこの世は終わらず、キリストは再臨しなかった。 ウイリアム・ミラーの計算の根拠になる基本は、預言の期間を計算する時、1日を1年としたことであった。『......一日を一年とする......』(民数記14:34)更にダニエル書に出て来る2300の夕と朝の間の預言を2300年と解釈し、ペルシャ帝国のアルタシャスタ王のエルサレム再建勅令(BC457年) をその起点とし、1844年が2300年目だと解釈した。
ダニエル書には、キリストの初臨がいつあるか、その年まで正確に預言されていた。
『 ...エルサレムを建て直せという命令が出てから、メシヤなるひとりの君が来るまで、七週と六十二週ある......彼は(メシヤ)一週の間多くの者と、堅く契約を結ぶでしょう。そして彼はその週の半ばに、犠牲と供え物とを廃するでしょう。......』(ダニエル書9:25~27口語訳)
ユダヤ人の選民としての期間は、ダニエル書によれば70週が定められていた。『あなたの民と、あなたの聖なる町については、七十週が定められています。......』(ダニエル書9:24口語訳) 1日を1年とすると、70週、490日、すなわち490年がユダヤ人の選民としての期間であった。 メシヤが来ても、そのことを認めず、キリストを十字架に架けて殺してしまった当時のユダヤ人達。その血の責任は、我々と我々の子孫にかかてもよい(マタイ27:25参照)と言うことによって、ユダヤ人は選民としての意味では神から見捨てられてしまう。ユダヤ人個人としての救いは今だにあるが、民族としての恵みの期間は70週の預言の終了で終わってしまう。
ペルシャ帝国のアルタシャスタ王のエルサレム再建勅令(BC457年)から数えて、483年(69週×7日=483日)すなわち紀元27年にキリストは公生涯に入り『メシヤなるひとりの君が来るまで、』の預言は実現した。 『その週の半ばに、犠牲と供え物とを廃する』週の半分、すなわち3日半、1日を1年とすると、プラス3年半後、紀元31年に、今までの犠牲制度を廃された。公生涯の終わりにイエスはご自分が真の神の子羊として、十字架刑につかれた。古代から羊を罪の身代わりとして殺すユダヤの犠牲制度は、本体であるイエスがご自身の命を捧げられた事によって、廃された。
『 ...エルサレムを建て直せという命令が出てから、メシヤなるひとりの君が来るまで、七週と六十二週ある......彼は(メシヤ)一週の間多くの者と、堅く契約を結ぶでしょう。そして彼はその週の半ばに、犠牲と供え物とを廃するでしょう。......』(ダニエル書9:25~27口語訳)
この時ユダヤ人であるダニエルは新バビロニアとそれに続くペルシャ帝国の捕虜になっており、当時ユダヤ王国は滅亡していました。
北朝イスラエルの十部族はアッシリアに(BC722)、南朝ユダ王国の二部族(ユダ、ベニヤミン)は新バビロニアのネブカドネザル王の侵略により(BC586)共に滅ぼされ、ユダヤ民族全体は捕囚の憂き目にあっていました。有名なユダヤ民族のバビロニア捕囚です。捕囚の身のダニエルが、荒廃したエルサレム、特にソロモン神殿の再興について、神に祈ったところ、2300年後に聖所が正しい状態に復する、と解釈できる預言が与えられた。『...二千三百の夕と朝の間である。そして聖所は清められてその正しい状態に復する。』(ダニエル書8:14口語訳)
ダニエルは荒廃したエルサレムの復興を神に願っていたところ、2300年後に聖所が正しい状態に復する、すなわちエルサレムが復興するとその時理解したと思われます。この時、ダニエルの驚きは大変なものだっただろう。2300年もの間エルサレムは荒廃したままほっておかれるのか、このバビロニアの虜囚生活はそんなに長いのか?私達の苦難はそんなに長く続くのであろうかとダニエルは思ったに違いない。 彼は何とかこの期間が短くならないか、神の約束はそんなことではなかったはずだと思いエレミヤ書を読んだところ、70年後にエルサレムが再建され、捕囚からも解き放たれることを悟ります(ダニエル書9:2参照)。
良かった、もしかしたら自分が生きているうちに、エルサレムに帰れるかもしれない、そんな風にダニエルは思ったかも知れません。でもそれにしても、8章の預言が気にかかります、神のみ心が変わったのだろうか、2300年とはどういう意味なのだろうか?そこでダニエルは必死の思いで、断食をし、荒布を着、灰をかぶって祈りました(ダニエル書9:3参照)。エレミヤの70年後のエルサレム再建の預言は取り消され、神の御旨は2300年に変わってしまったのだろうか?民や自分の罪を悔い改め、なんとかエルサレムの再建を早めていただくことを神に嘆願したのです。
その時祈りの答えとして、神から与えられた預言が、エルサレムを建て直せという命令が出てから、メシヤなる君(イエス・キリスト)が来るまで7週と62週あり、さらに週の半ばにメシヤは十字架につき、新しい契約が立てられることでした(ダニエル書9:24~27参照)。実はこの預言は、ダニエルが祈り求めていた目先の70年後の捕囚からの解放、エルサレム再建の事ではなくて、2300も、69週も世の終わりのことに関する預言だったのです。
『「人の子よ、悟りなさい。この幻は終わりの時にかかわるものです」。』(ダニエル書8:17)
十字架後の3年半の期間はユダヤ人に対して弟子たちが聖霊のバプテスマを受け、大変な勢いで宣教活動をした結果、多くのユダヤ人がキリスト教に改宗し、救われた期間です。ところが3年半後、70週の預言が終わる時、『あなたの民と、あなたの聖なる町(エルサレム)については、七十週が定められています。』(ダニエル書9:24口語訳)の言葉どおり、キリスト教会の敬虔な執事であったステパノが、ユダヤのサンヒドリン議会に呼び出され、議会の中で、立派な信仰の証をした後、外に連れ出され、石で打たれ、殉教死したことをきっかけとして、ユダヤ国内でクリスチャンに対する大迫害が始まった。この事件においてユダヤ人に定められた期間70週は終了し、ユダヤ人は選民の資格を失ったと考えられます。
エルサレムを建て直せという命令は、ペルシャ王によって、何度かなされていますが、最も大々的で、有名なのが、アルタシャスタ王の再建勅令で、紀元前457年に出されたので、この預言の起算点とします。
その起算点は、前の章ダニエル書8章の、2300年にも適用できる。何故なら、9章の答えは、8章の2300年に関するダニエルの、そんなに長い間、聖所が、エルサレムが、荒廃し、捕囚が続くのかと言う、神に必死に祈った結果として与えられた預言だからです。その事に気が付き、8章の2300年の起点を、9章のエルサレム再建命令としたのがウィリアムミラーの着眼点であった。『...二千三百の夕と朝の間である。そして聖所は清められてその正しい状態に復する。』(ダニエル書8:14口語訳)この聖句解釈から、エルサレムを立て直せの命令が出たBC457年を計算の起点とし、1日を1年とすると、2300年後は1844年となる。聖所を地球と解釈し、その当時の解釈で、地球が清められる、すなわち世の終わり、再臨となりました。この年キリストが再臨なさると多くの人が信じて、キリストの再臨を待っていたのであります。
ユダヤ神殿の中にあった聖所という場所で、聖所の清めの儀式が一年に一回あり(贖罪の日)(レビ記23:27参照)、それがユダヤ歴7月10日であり、西暦に直すと当時の10月22日あたっていたことから、1844年10月22日に再臨を待っていたのです。その数、約10万人の人々がキリスト教各派から集まっていたといわれています。 もちろんキリストは来られなかった。『その日、その時は、だれも知らない。天使たちも子(キリスト)も知らない。父だけがご存じである。』(マルコ13:32)と書いてあるとおりです。
その後、天にも聖所があることがわかりました。『...(大祭司たるイエス・キリストが)天におられる大いなる方の玉座の右の座に着き、人間ではなく主がお建てになった聖所また真の幕屋で、仕えておられるということです。』(ヘブル8:1,2) 地上の聖所は天の聖所のひな型に過ぎなかった。事実、紀元70年のローマ軍によるユダヤ神殿の完全な破壊により、紀元70年以降は聖所は地上に存在していなかった。キリストの預言通りです。『...「これらの大きな建物を見ているのか。一つの石もここで崩されずに他の石の上に残ることはない。」』(マルコ13:2新共同訳)神が発せられた言葉は、必ず実現していくことが、ここからもわかります。
ユダヤの神殿は今に至るまで再建されていないし、現在のエルサレム市内に〝嘆きの壁〞として、ソロモン神殿のほんの一部が残っているに過ぎない。ローマ帝国は徹底的にエルサレムを破壊し尽くしたのでした。
以上の理由で、聖所の清めは、地上の聖所(地球)のことではなくて、天の聖所のことで、1844年から天において真の大祭司キリストが、清めの働きを始められた。これがとりなしの段階から、とりなしは継続されつつも清めの段階に入ったと解釈され今に至っている(大失望後に残ったSDAとなっていくグループは僅か50名ほどであった)。
万全自若と思われたこの聖所におけるイエスの清めの働きのSDAの教理にも、今から30数年程前に変更が加えられた。イエスは昇天後、天の聖所の前の部屋か、あるいは至聖所と呼ばれ後ろの部屋かどちらに入られたのだろうか?ある学者(デスモンド・フォード)の提議により、真理の更なる探究が行われた。この学者が発したのは、イエスは昇天後、聖所かその中の至聖所か、どちらの部屋にお入りになったのかと言う根本的な問いです。
ヘブル人への手紙、9章10章を本当に前提条件なしに、心をクリアにして読んで見ると、ここで言っているイエスのお働きは、日々のとりなしを象徴している前の部屋か、一年に一度行なわれる至聖所の奥の部屋か、自ずから分かって来ます。まず自分で読んで見ることが大事です。(ヘブル9:23、10:20、9:7,8参照)
そこここと読み進めると、どう考えてもヘブル人への手紙は、昇天後イエスは、天の聖所の後ろの部屋に直接2,000年前にお入りになったと読み解けるのです。一般の教会の方々にはこんなことどうでも良いのだろうが、SDAの信徒には大変な問題です。ではあの1844年の大再臨運動はいったい何だったのか。もし最初から天の至聖所にイエスがお入りになられていたとしたら、私達の信じてきたことはいったいどうなってしまうのだろう。しかし、すべての教理は聖書の御言葉に照らし合わせて行かなければならない。言うまでもないが、聖書、神の御言葉が教理の基本なのです。
そこでSDA教会の教理のこの部分に重大な変更がなされた。イエスは昇天後、天の至聖所に直ぐにお入りになった。そもそも場所的な聖所、至聖所と言うようなイメージ、前の部屋、後ろの部屋と言うイメージではなく、イエスは天の宮に帰られた後、父なる神の前に立って1844年までは主に執り成しのお働きをなさっていたが、1844年からは、いよいよ終わりの時が来て、清めのお働きを中心に開始なさったのだ。それは調査審判を含むお働きです。場所と言うよりも、働きの種類、場面、段階の問題です。そのような変更解釈がなされたのです。残念ながらこの問題で当時SDA教会内で混乱がありました。 このことが納得できなくてSDA教会から離れた人々も多少いたようです。
さて以上のことを踏まえた上で、私の解釈を述べるが、絶対正しいなどとは思っていないので、こんな考え方もあるのかと参考にしていただきたい。 まずヘブル人への手紙 9章10章を自分なりに読んで見る。そこに出て来る第一の幕屋、第二の幕屋、聖所、至聖所の表現を読むと、明らかに昇天後イエスは本体である天にある神の宮、すなわち至聖所に入り、十戒の納められている箱の上、ケルビムで覆われた償いの座に、ご自身の血を振りかけたであろう。もちろん、これは象徴であって、この幕屋は今と言うときの比喩であると書かれてある通り(へブル9:9参照)どこまで地上の第一の幕屋、第二の幕屋、それに対応した天の聖所、至聖所とを、そこにある調度品を含めて文字通りに適用するかは微妙なところがあります。
例えば、文字通り地上の神殿にあった至聖所と、そっくりな至聖所が天にあったとすると、イエスは2,000年間狭い小さな至聖所の中に入った切り出て来ていないことになります。いくら何でも常識的に考えて、2,000年も神の子イエスがそんな狭い空間に入ったきりになっていることはないでしょう 。聖所、至聖所は私達の頭脳に分かりやすく書かれている比喩であって、実際の天の至聖所は父なる神の前で、とりなしの奉仕をしておられる、イエスのお姿そのものではないだろうか。それは空間的な場所の概念を超えていると私は考えます。聖所・至聖所自体が実はイエスを表している象徴ではないか?
昇天後イエスは、天の至聖所、すなわち後ろの部屋に入られた。第一の幕屋と第二の幕屋を分けていた垂れ幕があった(へブル9:8参照) 。この隔ての垂れ幕は、イエスの肉体を象徴していた。 第一の幕屋との間の垂れ幕、つまりご自分の肉を通って(イエスの犠牲のお身体)新しい生きた道を開いてくださった、の表現で、イエスは昇天後、天の至聖所にお入りになった事は確定されたと考えます(ヘブル10:20参照)。
問題は10:3の罪の記憶がよみがえる問題です。羊を燔祭として捧げることは、日々の奉仕として、毎日前の部屋で行われていた。一年に一度、大祭司が至聖所に、山羊の血を携え入れ、十戒の納められている箱の上蓋、償いの座に降りかけ、一年間の罪の清算をしました。聖所の清めです。ユダヤ歴7月10日に行われた贖罪の日です(レビ記23:27参照)。それでも決して、罪を清め、民から罪を完全に取り去ることは出来なかった。雄牛や雄山羊の血は罪を取り除くことが出来ないからです(へブル10:4参照)。罪の記憶は毎年よみがえってくるのです。 しかし2,000年前、真の犠牲が捧げられました。 ただ一度イエスは血を流すことにより私達は清められたのです(ヘブル10:10口語訳参照)。ただ一度キリストの体が捧げられたことにより私達は聖なる者とされたのです(ヘブル10:10新共同訳参照)。キリストの血は聖なる者とされた人々を、永遠に完全な者にしました(ヘブル10:14新共同訳参照)。
キリストの尊い血によって、贖いが完全に全うされたのなら、罪の記憶はなくなり、良心の咎めもなくなるはずではないか、と言う問いがこれらの聖句の根底にはあります。
聖書の中に、審判の概念は確かにあるのです。『......審判を行う者はその席に着き、かずかずの書き物が開かれた。』(ダニエル書7:10口語訳)、『...「神をおそれ、神に栄光を帰せよ。神のさばきの時がきたからである。天と地と海と水の源とを造られたかたを、伏し拝め」。』(ヨハネ黙示録14:7口語訳)、『そして、一度だけ死ぬことと、死んだ後さばきを受けることとが、人間に定まっているように、』(ヘブル9:27口語訳)
しかし、イエスの昇天後、天の至聖所で、イエスの汚れなき血によって完全に清められたのであるなら、救いと審判がそこで完成されていたと考えることは行きすぎだろうか。神の裁きは確かにあるだろう。このことを否定することは出来ない。しかしイエスを信じる者は裁かれることなく、永遠の命がその人の内で、既に始まっているのです。
聖書の時間概念は特別な物です。ヘブル人への手紙が書かれた時代も世の終わりで(ヘブル9:26参照)、現在の私達の生きている時代も世の終わりです。いつもその時点で、世の終わりです。キリスト教信仰を持った人々は、過去から現在に至るまで、使徒たちや、私達も含めて、皆が、それぞれの生きていた時代を世の終わりと捉えてきたのです。使徒時代は世の終わりの始まりであり、それから中世、近代に至るまで世の終わりは継続しており、今私達が生きている現代は、世の終わりの、終わりです。究極的な意味で最終的なジ・エンドの時代です。
そこで、世の終わりに起きると考えられてきた調査審判も個人的な裁きも、イエスが天の神の宮にお入りになった時、すでになされた、完結したと捉えて、魂の平安を得たいと私は考える。これは私の個人的な理解です。実際的な裁きは天のどこかで決済されているのだろう。昇天後、イエスが天の真の至聖所、神の宮に入られた時、裁きも、個人に対する調査審判も、既にその時点で、完成されてしまったと考えれば、私達に裁きに対する不安が取り除かれるのではないだろうか。
だから、心は清められて、良心の咎めはなくなるはずです。真心から神に近づけるはずです(ヘブル10:22参照)。
『兄弟たちよ。こういうわけで、わたしたちはイエスの血によって、はばかることなく聖所にはいることができ、』(ヘブル10:19口語訳)
今ここで、現時点で、救いの確信を持てるはずです。イエスの血は確かなものであり、良心の咎めも取り去り、罪の記憶も消し去られ、信仰の確信と救いの喜びに満たされて、イエスの肉体なる垂れ幕を通って、真心から神に近づいて行けるのです(ヘブル10:19~22新共同訳参照)。繰り返しになるが、これがヘブル人への手紙の中心テーマです。
ところで、罪の記憶は生涯個人の心からなくなることはないと、私は個人の信仰体験としてそう思う。しかし、それは既に赦されたもの、赦しの保証のある記憶であって、それらは真摯な悔い改めと、イエスに対する告白によって、個人の生涯のどこかで清算されたものであります。刺すような、胸の痛みを感じるような罪の記憶ではないと考えます。
繰り返しになるが、もう一度確認しておこう。ユダヤにあった地上の聖所は1年に一度聖所の清めの儀式を行い、その日は調査審判の日であり罪の清算をする日であった。キリストはこの時代の終わり(ヘブル人への手紙が書かれた時代)十字架刑におかかりになり、復活し、40日後昇天し、天にお帰りになり、その汚れなき血潮、傷のない者として捧げられた肉体をもって、父なる神の前に出てくださった。一度だけ、天の至聖所でご自身をささげられ、私達を聖なる者とされた(ヘブル10:10参照)。聖なる者とされた人々を完全な者とされた(ヘブル10:14参照)。心は清められて良心の咎めはなくなり、真心から神に近づけることになった(ヘブル10:22参照)。
イエスが天の至聖所に入られた時点で、信じる者にとっては調査審判も裁きも根本的には全うされていたのではないだろうか。こう考えることは行きすぎだろうか?イエスはヨハネによる福音書の中で、裁きについて、言及されている。
『また、父はだれをも裁かず、裁きは一切子に任せておられる。』(ヨハネ5:22新共同訳)
『.........信じる者は、永遠の命を得、また、裁かれることなく、死から命へと移っている。』(ヨハネ5:24新共同訳)
『御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。』(ヨハネ3:18新共同訳)。
これらの聖句から、イエスを真摯に信じる者は、神の裁きから逃れられることは確実です。
私達の裁かれる姿は、御子の悲惨な御姿であります。犠牲は完全であり、御子ご自身の十字架上の御姿は私達の裁きの姿なのです。神にとって時間は何千年であろうと一瞬です。十字架にかかり、復活し、昇天なさり、天の至聖所にお入りになったイエスは、私達に対して、一瞬のうちに裁きも、調査審判も完成なさたのではないか。人間が作ったスーパーコンピューターですら、あっという間に、兆、京の単位の計算をこなす。まして、神にとっては時間は有って無きが如きものです。80億人の人類の調査審判などあっという間にできるに違いない。ただ人間はそのことを理解できないので、聖書は、私達にわかるように裁きの場面を描いているのではないでしょうか。
死後裁きがあるのは事実であろう。
『なぜなら、わたしたちは皆、キリストの裁きの座の前に立ち、善であれ悪であれ、めいめい体を住みかとしていたときに行ったことに応じて、報いを受けねばならないからです。』(コリント第二5:10新共同訳)
『善を行った者は復活して命を受けるために、悪を行った者は復活して裁きを受けるために出て来るのだ。』(ヨハネ5:29新共同訳)。
そして死んだときにはすべてが確定しているのです。死は眠りであり、私達は死の眠りを迎えたら、その後は無意識になり、眠り続けるだけです。死後はたとえ裁かれようと、私達は自分の裁きに関与することは出来ないのです。死んだ後は、次の瞬間、再臨の朝に眠りから起こされるのを待っているだけです。裁きは私達が生きている間に決定されていると言っても過言ではない。私達が自分の裁きに関与できるのは、私達が生き存在している、今以外にないのです。主はいつ私達を裁かれるのか? こういう意味では今です。今生き、行動している今が、私の裁きの時です。死の瞬間、裁きは確定しているとも言えるのだからです。もしそうなら、裁きが自分にとって意味がるのは生きている時だけです。そうだ、今なのです(私達SDAは霊魂不滅説を取らないので、死は眠りであり、無意識であり、復活の朝よみがえるまで何も知らないと信じています。当然自分の死んだ後は、裁きに関わることは出来ない。こういう意味で裁きは自分が生きている時しかない)。今悔い改め、神の前に裁いてもらおう。
『御子を信じる者は裁かれない。信じない者は既に裁かれている。神の独り子の名を信じていないからである。』(ヨハネ3:18新共同訳)とはそういう事ではないのか。信じている者にも裁きの時は来る。しかし、それは無罪宣告の時であり、その裁きは信じている者を、罪に定めることではない。
調査審判が行われるとすれば、やはり生きている時しか意味がないのではないか。死んでしまって、やがて自分も、世の終わり、再臨の時には復活するんだろうけれども、その時自分は何もできないのだから、結果を甘んじて受けるしかない。裁きも、永遠の命を戴くことも、自分が生きてその結果を変えられることにこそ意味があります。変えられない裁き(死んでしまった後)はあまり意味がない。今結果を変えられるからこそ意味があるのです。そういう意味で調査審判が行われるのは今です。
キリストの十字架の死、そのシミも傷もなく汚れもない尊い犠牲のお姿は、私達の裁きの姿だと前述した。イエスが十字架で苦しまれたお姿は、まことに、私達自身の本来の裁きの姿なのです。2,000年前あの瞬間に、私達の裁きは済んでいたのです。この事が土台です。この土台を、今と言う私達の生きている瞬間に、調査審判の概念を、敢えて、神の前に赦されていること、無罪宣告されていることを前提にしながら適用して行きましょう。
十字架で完成されているが、適用は今なのです。この瞬間、天の至聖所どころか、地上の私達の肉体の中で、言わば私達は、この肉体が神の宮(コリント第二6:16参照)なのであるから、この肉体の聖所の中で裁かれるのです。ということは私達の行動も心の持ち方も、今、調査審判され、裁かれているのです。調査審判は今です、その適用は今なのです。
私達の行いは裁かれるのであろうか。然りであり否です。もう救いはヘブル人への手紙によれば完成されたのであります。終わりの時代に(2,000年前も、現代も聖書では終わりの時と言っている)、ただ一度だけ至聖所にキリストはお入りになる事によって贖いは全うされ、調査審判も裁きもそこで完結したと考えます。
しかしそのことを土台にしながら、実際の調査審判の適用は、今生きている今日の自分の信仰と行動のすべてが対象です。
ヘブル人への手紙の中心テーマを何度も強調しておきたい。救いは完成され、罪の記憶すらイエスの血によって拭い去られた。このような大祭司が私達のために、御自分の幕なる肉体を通って天で、神の前に出て下さった。御自分の贖いの血をもって、天の至聖所を、ただ一度だけ清めて下さった。新しく、父なる神に至る道を開いて下さったのです。ですから、心はすすがれて良心の咎めを取り去り、確信に満たされて、信仰の道を進んで行けるのです。そしてへブル11章の信仰とは何かの章に読み進めて行こう。
信仰がなくては、今まで述べてきたような、こんなに素晴らしい神の恵みを、理解し、自分のものとして、受け取る事が出来ないからです。言葉を換えて言えば、私達が、真剣に個人の信仰の時間の中、イエスに結ばれている時、常に贖罪は完成されているのです。そして救いを確信しつつ、日々を過ごして行こう。やがて空からキリストが来臨なさるとき、自分が死んで眠りについている場合は(ほとんどの場合そうだと思うが、あるいは生きたままキリストの来臨の目撃者になる方も、読者の中にいるかも知れません)その死の深い眠りから、土の中より、起こされて、この目で主と再会し、初めてイエスのお顔を直接仰ぎ見るのです。キリストと直に『...顔と顔とを合わせて、見...』(コリント第一13:12口語訳)る時、それが永遠の命の始まりです。それからはいつもキリストと共におり、私達には不明なこと分からないことは一切なく、宇宙のすべての神秘も、永遠の時間の中で、究めることが出来ます。神の深い贖罪の摂理をも究めて行くことが出来るのです。イエスと父なる神と聖霊の、奇しい御業を褒め称えながら、賛美は永遠に続いて行く。広大な救いのドラマがさらに進展して行くのです。そのような希望を、今私達は共有して行こう。
この稿を書き終わる途中で、インターネットである論文を目にした。SDA教会は原罪は認めない。誘惑に陥りやすい人間の弱さは認めるが。予定説の立場は取らず、予知説をとる。人間の自由意志を強調する。実はこれは、ギリシャ正教を代表とする東方教会の特徴である。詳しいことは、そのままその論文をコピーしておくので読んで下さい。アダムの腰の中にあって、全人類がアダムと共に、罪を犯したのだという、私の聖書解釈も、この論文が触れているところがあるので、自分で評価してください。
以下コピーです。分かりにくいかもしれませんが、考え方の流れは把握できると思います。
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「教理的な問題」......<「原罪」という言葉をめぐって>
さて、楽園追放以降の堕罪した人間について西方教会では生まれながら「原罪」を持っている、と教えている。そもそも、「原罪」とは何なのだろうか?
西方教会における教理上の「基礎」になっているアウグスティヌスの解釈によると、人間は生まれた時点で、すでに「原罪」という罪を持っていてそれは、生殖行為を通じて、子孫へと生物学的に「遺伝」するということらしい。だから、生まれたばかりの乳幼児にも「罪」があるというふうに西方教会では考えられている。
カトリック教会の「幼児洗礼の習慣」は、こうした考え方に基づいて行われている。<「原罪」の根拠となった「アウグスティヌスの聖書解釈」>それでは、アウグスティヌスは聖書のどの部分から「生殖行為による生物学的遺伝」という「原罪論」を導き出したのだろうか?
ローマ書5章には以下のような1節がある。(新共同訳)一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死はすべての人に及んだのです。すべての人が罪を犯したからです。 (ローマの信徒への手紙 5-12)上の新共同訳聖書に対して、アウグスティヌスが実際に読んでいたとされる「ラテン語聖書」の翻訳箇所は一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死はすべての人に及んだのです。彼(アダム)において、すべての人が罪を犯したからです。となっていたらしく、ギリシャ語訳 から ラテン語へと翻訳される際に「彼において」(in quo omnes peccaverunt)という「明らかな誤訳」が混入していたことが分かっている。
そして、この誤訳のラテン語聖書を読んだアンブロジアスター(至高のアンブロジウス)という人物が「ローマ信徒への手紙注解」という注解書を書いていて、それを読んだアウグスティヌスが、この議論をベースにして「彼において」から「彼の腰において」という、さらなる誤解を重ねて「生殖・性」=「悪」という、彼特有の自説を補強するように解釈した。この結果、この誤訳による「ロマ書5-12」の曲解をもとにして、「アダムによる性行為を通じて、全人類に罪がもたらされた」という「生殖-遺伝説」が定着することとなってしまった。全ては、ラテン語聖書への翻訳における誤りとそれに基づいた誤った聖書注解から事は始まったのだが、この事実が後になって判明したのは、エラスムスによるギリシャ語訳聖書とラテン語訳聖書の詳細な内容比較(検証)によってだった。
5世紀のアウグスティヌスから、16世紀のエラスムスまで1000年間も「誤訳に基づく解釈」によって「主要な教理」が縛られていたということになる。
同じような、誤訳や捏造記事によって重大な教理が意図的に歪められていた事件として「コンスタンティヌスの寄進状」という事件があったのだが、(正教とカトリックの東西分離の一端となった事件)それについては、話が逸れてしまうので、ここでは述べないでおこう。興味があれば調べてみてほしい。
<正教(東方教会)が「原罪説」に反対する理由>
さて、この「原罪説」(生殖遺伝説)には、大きな難点がある。
① 「必然性」によって罪を犯すのであれば(他に選択の余地がない) そうやって犯された行為に対して、倫理的責任が問えなくなる
② 「罪」がまるで、物質のように、遺伝子を通じて遺伝する という「生物学」的な理解のしかたが正しいのか? ②の疑問は、現代の遺伝子工学(ゲノム解析)などによって、 その原罪を引き起こす「遺伝子」なるものを発見して、 それを除去すれば、人間の「原罪」は無くなるのか?という問いにつながる。
①は「自由意志」と「倫理的責任」の関係について述べている。 人がなした行為に対して、倫理的責任を問うことができるのは その人が、自由意志によって、それを意図して その選択(行為)を行った場合であって もし、意図してなされた行為でなかった場合には、 道義的責任を問うことはできない。 という道徳上の基本的な考え方がある。 もし、生物学的に「原罪」が遺伝した結果として、 まるで「本能」のように、「意図するしない」とは無関係に、 生物的な「必然性」に基づいて「罪」がなされる、ということであれば、 そうした「意図」せざる「必然」による出来事に対しては そうしたことの「倫理的責任」を求めることは難しい。
例えば、自然落下してきた隕石によって、建物が損壊した場合に、 降ってきた隕石に対して、賠償責任を求めるなんてことはありえない。 隕石は、引力による落下として、「必然性」に従って落ちてきただけであり 自由意志によって、それ以外の選択がありえた、という状態ではないからだ。
しかし、誰かがビルの屋上からボールを投げて 隣の家の窓ガラスを割ったならば、その投げた人には「責任」が問われてもよい。 その人には、自由意志によって、その選択をしないでおく、 他の選択を行う、という可能性もあったからである。
「正教」(東方教会)においては、「罪」は必ず、人間の「自由意志による選択」とセットで扱われる。「自由」によってでなく、「必然性」に縛られて行うのであればそこには問われるべき倫理的な咎(責め)が存在しない。それは、引力によって自然落下してきた隕石となんら変わらない。
エデンの園において、アダムとエバは、彼らの「自由意志」に従って、善悪を知る木の実を食べる、神から離反する、という選択を行った。この行為には、それをしないでおくという他の選択肢の可能性もあった。人類最初の「罪」が、個人の自由意志による選択(濫用)によって起こされたように堕罪以後の人間たちの「罪」もまた、個人の自由意志によって起こされるというのが、正教における「罪」の考え方の基本線となっている。
また、生殖行為や誕生する生命自体を「罪深い」と考える視点は持っていない。なので、東方教会の「幼児洗礼」はカトリックの「幼児洗礼」とは全く異なった視点(狙い)から行われている。
ただ、正教が否定しているのはあくまでも「罪の遺伝説・必然説」であって、「原罪」に相当するような考え方が全くない、というわけではない。アダム以後の人間は、罪を犯しやすい状況に置かれていて罪の影響力が人から人へと社会の中で伝染しやすいことは否定できない。一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死はすべての人に及んだのです。すべての人が罪を犯したからです。 (ローマの信徒への手紙 5-12 新共同訳)
アダムの堕罪をきっかけとして、創造当初とは著しく違った状況に人間が置かれていて、罪に染まりやすい状況であることは認められている。
- すべての人間は、何らかの仕方で、アダムの堕罪に参与している
- 堕罪によって、人間の本性(神の像)が何らかのダメージを受けている
- 強力な感染病のように、罪の力が、人の間に広がることはありえる
「すべての人が罪を犯した」というロマ書5-12は上記のような解釈(byカッパドキア三教父)がなされている。
また、正教では、この「ロマ書5-12」の箇所は、常に「第1コリント15-22」とセットにして読まれる。アダムによってすべての人が死ぬことになったように、キリストによってすべての人が生かされることになるのです。
つまり、「ロマ5-12」と「第1コリント15-22」は同時的に共存している。
堕罪後の人間は、アダムの罪によって影響を受けており、また、それと並行して、主イエスの受肉・復活による感化をも受けている。
それゆえ、正教(東方教会)においては「人間の本性」が現状において、いかなる「善」も自由意志によっては選択できず、神への応答もできないという、アウグスティヌスに由来する「全的堕落」の教理は退けられる。「アウグスティヌスの呪縛」による教理への影響を、正教会は受けていない。
「神のかたち(像)」は確かにアダム以後、何らかの欠損やダメージを被ってはいるが、主イエスの「受肉」と「復活」を通じて、全ての人類において、最低限の自由意志の働き、良心、理性などの「神の像」のある部分はすでに「機能回復」を受けている。だから、回心・洗礼を通して、人間が信仰へと向かうプロセスは「神の恩恵」によって、一方的に受動的に救いに導かれる、というのではなく(=これが、宗教改革者たちの「単働説」による救済論であるが)すでに与えられている、神からの「招き」「恵み」に対して回復されている「自由意志」を働かせて、人間が主体的に応答することによる。神の「恩恵」と人間の「自由意志」のいずれかに偏るような解釈は正教の教理では採用されなかった。
<「罪」ゆえの「死」か、「死」ゆえの「罪」か>西方教会では、「罪」の結果、その「罰」としての「死」がやってくる、と考える。(刑罰としての「死」という考え方からすると、罪を赦してもらうことで「死」の問題が克服される、という行き方になるが、これが「刑罰代償説」である。)
東方教会では、「神と人の隔絶」によって、「死」が入り込み、「死」の影響力によって、「罪」への傾き方が強化される、と考えている。(逆にいえば、「死」が征服されば、「罪」の隷属させる力が弱まっていく。この考え方に立つのが、キリストの復活による「勝利説」という救済論である。)
つまり、「罪」からの「死」か、「死」ゆえの「罪」か、で解釈の違いがある。この部分は、あんまり深入りすると、「卵」が先か、「ニワトリ」が先か、といった無益な論争になりかねないので「罪即死」または「死即罪」というふうに両者の間には、きわめて緊密な関連性があるのだ、と解釈しておこう。
さて、「死」があることで、「この世の事物」への「執着」「我欲」が倍加させられる。有限な人生だから、生きている間に「好きなことをやらないと損だ」と考えて自分の欲望充足のためだけに生き、「自己中心性」をさらに強めることになり「神との交わり」よりも、「この世の事物との交わり」が何よりも大事とされるようになる。
創造当初は、人間は「世界」(被造物全体)の監督者として世界を秩序づけて、管理する「主人」としての立場に置かれていたはずなのにむしろ、この世の「被造物」にすぎないものによって絡め取られてしまい、それらにかえって支配され、隷属させられてしまう。
「この世の被造物」は、こうして人間にとっての「神の代わり」になってしまい「この世の被造物」を「主人」として崇めて、人間はその「奴隷」として生きるようになる。人間は「神」を正しく仰ぐことができなくなり隷属している「被造世界」の事物を、「神」に仕立て上げるようになる。これが「偶像崇拝」である。
このようにして、神と人間の「正しい関係」が失われたことによって人間と世界の「正しい関係」もまた失われてしまった。世界は、無秩序、不調和、悪、が栄える場所に変質してしまいそのために、そこで生きる人において罪へと傾かせる力がさらに実体を持つことになる。この「悪循環」を断ち切ることはもはや「人間自身の能力」によっては不可能であった。(→ 正教も、ペラギウス主義的な「自力救済」は認めていない。)
この「死」と「罪」への隷属状況から、人間を救い出すために「神」である「主イエスご自身」が、あえて「人間」に身を宿して、この世にまで降りて来られる必要性が生じた。では、主イエスの「受肉」と「十字架の復活」は、人間の救済にとってどのような意味をもった出来事であったのだろうか?ここで、私たちは「キリストの事業論」「救済論」へと足を進めることになる。