ヨハネによる福音書19章
ヨハネによる福音書19章
ヨハネによる福音書19章は、余りにも悲しくて直視に堪えない、十字架のシーンが中心です。ところが、ヨハネはただ淡々と事実のみを描いて行く。私達の主が十字架につけられて行く場面は、聖書の中で最も重要な場面の連続であるが、何故かヨハネの記事は、傍観者のように、事実のみを淡々と書いて行く。他の福音書にあるような様々な記録を省略しています。例えば、イエスが十字架についた時、共に十字架についていた二人の死刑囚のうち一人が悔い改め、その場でイエスを救い主として信じて救われたと言うような、重要なことさえ省かれています。さらに昼12時~午後3時迄、全地が暗くなったこと(マルコ15:33参照)、地震が起きたこと(マタイ27:51参照)、先に眠っていた死者の墓が開かれ、多くの聖なる方々が記念として復活させられたこと(同:52参照)等も省略されています。
これは何故だろうか。18章で述べたように、四福音書(マタイ、マルコ、ルカ、ヨハネ)の中でもヨハネによる福音書は最後に書かれた。十字架の場面における細かな描写、逸話は既に他の福音書記者によって伝えられ、語られていたので、敢えて省略したのでいないかと思います。
ヨハネが何より重視したのが、今共におられるキリストではなかったかと私は考える。十字架は大事であり、イエスの犠牲なくば、私達の信仰そのものが成り立たない。神の前に誰も救われない。神の前に罪赦された者として、しみもなく、傷もなく、聖なる者として、義認され立つこともできない。
『しかし今や、神は御子の肉の体において、その死によってあなたがたと和解し、御自身の前に聖なる者、きずのない者、とがめるところのない者としてくださいました。 』(コロサイ1:22)。
この大きな御愛こそキリスト教の中心であり土台であることはどんなに強調しても、強調し過ぎることはない。
しかし、現実の人間は、十字架に目をとめながらも、実際には厳しいこの世の生活を生きて行かなければならない。そこに必要なのは、今共にいて下さり、私達の祈りを聞き、目には見えないが私達の傍らに立って、すべてを支配し、教え導き、時には奇跡を行い、聖霊(パラクレートス-助け主)によって支えて下さる、生きたキリストです。今そばにおられるキリストが私達のこの世での厳しい生活に、より必要なのです。
そういった観点からヨハネによる福音書を見ると、弟子達が復活なさったイエスに出会い、そこで感動し、後にペンテコステの聖霊降下を受けて、リアルなキリストの存在に触れ、生きたキリストを体験したことをヨハネは書きたかったのではないかと思う。
目には見えないけれども、共にいて下さるキリスト、インマヌエル(神我らと共にいますの意味-ヘブル語-リンク有)ttps://www.weblio.jp/content/%E3%82%A4%E3%83%B3%E3%83%9E%E3%83%8C%E3%82%A8%E3%83%ABとなって下さったキリストを体験し、彼等の信仰は生きゝとしたものになって行く。復活し、聖霊と言う形で臨在して下さるキリストに、いつもお会いしていることが彼等の信仰の確信であった。
ヨハネによる福音書を見ると、むしろ、マグダラのマリアが、『「ラボニ」』(ヘブル語で「先生」の意味)(ヨハネ20:16)と言って振り返って、復活したイエスにお目にかかった瞬間や、ペテロが、『「ヨハネの子シモン、この人たち以上にわたしを愛しているか」』(同21:15)と復活したイエスから三度言われた経験が、私達の心に焼き付くようなリアルさをもって迫って来ます。
エルサレムからガリラヤ湖畔に帰り、一晩中漁をしても何も獲れず徒労に終わった時のペテロ達の気持ちを考えて見よう。一匹の魚も獲れない漁、ただ疲労だけが空しく彼らを包んでいただろう。もう夜が明け、良く見れば、朝もや漂う湖畔の岸辺に誰か立っているではないか。その方が、『「舟の右側に網を打ちなさい。そうすればとれるはずだ。」』(同21:6)と言われるので、そのようにすると、大きな153匹もの魚が獲れて、網はハチキレそうになったが、破けないでいた。
岸から90mほど、船は離れていたが、立っている人をヨハネが見て、『「あれは主だ」』(同21:7口語訳)と言うと、ペテロは居ても立ってもいられず、上半身裸で漁をしていたので、そばにあった上着を着て、すかさず、船から復活したイエスに向かってザブーンと飛び込んで、岸辺の、焚火がしてあるイエスのところまで泳いで行った。この場面を読むと私達は、そのことが余りにも鮮明で、これが事実であることを否定することが出来ない。
生きたキリストとの出会い、生活の中での鮮明なイエスとの出会いが私達にも必要なのだ。この世の生活は余りにも煩わしいことが多く、やらなければならないことばかりに囲まれている私達です。食べたり、飲んだり、仕事をしたり、掃除、洗濯等、様々な日常の雑用の中で、人生はアッという間に過ぎて去ってしまう。ただでさえ短い人生なのに、酒に溺れ、どうでもいい趣味や娯楽、レジャー等に熱中し、さらに人生の時間を短くして良いのだろうか? これらのことに早く気がつき、人生のプライオリティー(優先順位)を早く発見し、『あなたは多くのことに思い悩み、心を乱している。しかし、必要なことはただ一つだけである。』(ルカ10:41~42)と言われた、主の価値観に、私達も自分の価値観を合わせて行こう。今イエスの御前に膝まづき、生きた神の御言葉を聞き、生きたキリストを体験して行くことは、一番重要なことであると私は考えます。
今キリストをリアルに体験するために、ヨハネ20章はマグダラのマリアと墓から復活したイエスとの出会い、21章は弟子達、その中で特にペテロの復活の主イエスとのガリラヤでの出会い、すなわち、福音の使者としての彼の再召命を印象的に記述した。この19章が終われば次には、20,21章の主題に入る予定です。
さて、ヨハネによる福音書19章に戻ろう。
神殿の北にあったアントニア要塞の中に、ピラト総督の官邸があり、官邸の外のガバタ(敷石)と呼ばれる中庭でイエスの公開裁判は行われた。裁判の席に着く前に、ピラトはイエスを鞭打の刑に処してから、解放してやろうと考え、兵士にイエスを鞭打たせた。ローマ兵達は茨で冠を編んで、イエスに被せ、その上から葦の棒で何度も頭をたたいた(マルコ15:19参照)。茨のとげは、イエスの額をひどく傷つけ、血が滴り落ちた。
旧約聖書にはアダムの罪によって地は呪われ、茨とアザミが生じたとあります。(創世記3:17~18参照) 茨は呪いの象徴です。イエスは地が呪われた象徴としての茨を身にまとわれた。茨の冠を頭に被り、呪いを引き受けられた。『............「木にかけられた者は皆呪われている」...』 (ガラテヤ3:13)
茨とアザミはただ雑草としてチクチク私達を刺すばかりではない。これは人生の中で出合う、あらゆる不都合なことの象徴です。私達の人生が祝福されたものとなり、あらゆる呪いから解放されるために、呪いの象徴である茨をイエスは王冠の代わりに被られたのです。
私達の人生の呪いとは何か、それは人によってそれぞれ異なるであろう。人生でトラウマとなるような数々の失敗、どうしても脳裏から去らず気になること、強迫観念、自分の固執する性格、金銭問題、悪い断ち切れない交友関係、様々な悪習慣、飲酒、違法な薬物、タバコ、賭け事、パチンコ、スロット、競輪、競馬、競艇、麻雀、その他の離れることが出来ない遊興等(ゲームを含むか?)が呪いとなって、私達の人生を暗く、無益で、やるせないものにしています。それがどんなものでも、あらゆる呪いを主は茨の冠で引き受けられ、救いを信じる者に精神の解放を与えて下さるのです。自分の意志を固く持って、それらのものを克服することは大事です。それは行動を変える基本中の基本です。しかし、試しに、「イエスの被った、呪いの象徴である茨の冠の血によって、この人生でトラウマとなるような数々の失敗、どうしても脳裏から去らず気になること、強迫観念、悪習慣etc.よ、私の身体から出て行け。」とキリストの名によって命じて見よう。私の経験から言って、御霊が働いて下さり、驚くべきことが精神の中に起こって来るはずです。キリストは今も生きて私達の内に働いています。
『兵士たちは、官邸、すなわち総督官邸の中に、イエスを引いて行き、部隊の全員を呼び集めた。そして、イエスに紫の服を着せ、茨の冠を編んでかぶらせ、「ユダヤ人の王、万歳」と言って敬礼し始めた。また何度も、葦の棒で頭をたたき、唾を吐きかけ、ひざまずいて拝んだりした。このようにイエスを侮辱したあげく、紫の服を脱がせて元の服を着せた。 』(マルコ15:16~20) 神と等しい方が、このような被造物による侮辱的な扱いに、ただ黙って耐えておられたのだ。彼は黙して語らず、罵しられても罵り返さず、ただ神の裁きにすべてを委ねておられた。
『彼はしえたげられ、苦しめられたけれども、口を開かなかった。ほふり場にひかれて行く小羊のように、また毛を切る者の前に黙っている羊のように、口を開かなかった。彼は暴虐なさばきによって取り去られた。その代の人のうち、だれが思ったであろうか、彼はわが民のとがのために打たれて、生けるものの地から断たれたのだと。』(イザヤ53:7~8)
『ユダヤ人たちは答えた。「わたしたちには律法があります。律法によれば、この男は死罪に当たります。神の子と自称したからです。」 ピラトは、この言葉を聞いてますます恐れ、再び総督官邸の中に入って、「お前はどこから来たのか」とイエスに言った。しかし、イエスは答えようとされなかった。』(ヨハネ19:7~9) イエスが本当は神の子ではなく、ただの人間であって、高尚な教師、指導者、ラビであったなら、神の子と自称することは、大変な律法違反であり、神を侮辱し汚した罪で死罪です。しかし、ここに彼らの認識違いがあった。イエスは本当に神の御元からやって来た方であり、神の子であり、人となられた神であった。
ユダヤ人の神理解において、神は全知全能、天地の創造主であった。『神は、祝福に満ちた唯一の主権者、王の王、主の主、唯一の不死の存在、近寄り難い光の中に住まわれる方、だれ一人見たことがなく、見ることのできない方です。この神に誉れと永遠の支配がありますように、アーメン。』 (テモテ第一6:15~16)。もし神を見た者がいればその者は死ななければならない程だった(イザヤ6:5参照)。 人間を超越した方で絶対者である方が、人間の姿をとって人間の世界に、血と肉を持ってお住まいになられることなど、ユダヤ人にとって考えられないことであった。
ピラトは、ユダヤ人達からイエスが『神の子と自称した』と聞き、増々恐れをもった。そしてイエスに聞いた、『「お前はどこから来たのか」』。しかしイエスは黙っておられた。私は人間に見えているが偉大な神だ。お前たちが信じているローマの偶像の神より、偉大な真の神の子だと言い、奇跡の一つでも見せてやれば、あるいはピラトは腰を抜かすほど驚いたかも知れない。しかし、そんなことをすればイエスにとっての大きな罪となる。イエスにとっての誘惑とは、自分は常に人間として留まり続けること、自己を示威する目的のために、自分に備わっている神の力を使わないことであった。
例えば、私達は石をパンに変えることは最初からできないので、石をパンに変えて見ろと言われても誘惑にはならないが、イエスは自己に神の力が備わっているので、その力で石をパンに変えることがお出来になった。40日40夜断食し、どんなに腹が減っても、自己の食欲を満たすために、本来の神性を自分の為に発揮することは、イエスにとっては大きな罠であった。
イエスは黙っておられた。イエスのこの世に来られた目的は、ただ十字架につけられて、全人類の罪の為に死ぬことだったからです。そのことをイエスは最初から分かっており、時が来て、そのことの実行の為に沈黙し、ご自分の使命を果たそうとしておられたのです。
『そこで、ピラトは言った。「わたしに答えないのか。お前を釈放する権限も、十字架につける権限も、このわたしにあることを知らないのか。」イエスは答えられた。「神から与えられていなければ、わたしに対して何の権限もないはずだ。だから、わたしをあなたに引き渡した者の罪はもっと重い。」そこで、ピラトはイエスを釈放しようと努めた。』(ヨハネ19:10~12)
立場上、自分の地位を守るためにイエスに死刑を宣告したピラトの罪は罪でしたが、イエスを死刑にするように引き渡した者たちの罪はもっと重かった。『罪はもっと重い。』とイエスが言ったように、罪にはその大きさ重さに大小、軽重があります。心の中で犯す罪も罪ですので、クリスチャンはそれも悔い改めねばならないが、現行罪の罪は真剣に悔い改めなければならない大きな罪です 。一般的に言えば現行罪のようなハッキリした罪は犯さない方が良いに決まっている。社会的にも大きな非難を免れないし、下手すれば刑法にも引っ掛かり、この世が下す罰則を受けなければならなくなる。また重い罪を犯せば犯すほど、その奴隷になり、真人間に戻れず、のた打ち回って人生の最後を迎える事にもなりかねない。
前章で述べたように、ユダヤ人達は、イエスはユダヤ人の王と自称していたと訴えていた。イエスは、そのことによって皇帝に反逆しているのだ。そのイエスを釈放するなら、ピラト総督も、皇帝の友とは言えなくなる。巧みなユダヤ人の理屈に負けてピラトはイエスを十字架刑につける決定をしてしまう。
『ピラトは、これらの言葉を聞くと、イエスを外に連れ出し、ヘブライ語でガバタ、すなわち「敷石」という場所で、裁判の席に着かせた。それは過越祭の準備の日の、正午ごろであった。ピラトがユダヤ人たちに、「見よ、あなたたちの王だ」と言うと、彼らは叫んだ。「殺せ。殺せ。十字架につけろ。」ピラトが、「あなたたちの王をわたしが十字架につけるのか」と言うと、祭司長たちは、「わたしたちには、皇帝のほかに王はありません」と答えた。そこで、ピラトは、十字架につけるために、イエスを彼らに引き渡した。』(ヨハネ19 :13~16)
そしてイエスは、後にヴィア・ドロローサ(ラテン語:Via Dolorosa(「苦難の道」の意) として有名になる道を、十字架を自ら担いで、『されこうべ(ヘブル語ではゴルゴタ)』(ヨハネ19:17口語訳)の刑場に向かって歩いて行く。
その道の途中、既にイエスの体力は、限界に来ていた。イエスは昨晩から一睡もしていない。ゲッセマネの園での苦闘の祈りから、それに続く捕縛、さらに大祭司やサンヒドリン議会、ヘロデ・アンティパス王、またピラトの審問と次々と受け、さらに、唾をかけられ、平手で叩かれ、こぶしで殴られ(マルコ14:65参照)、鞭打ちの刑にさらされてきた。イエスの肉体は、重い十字架の木を担ぎ通すことに耐えられず、倒れてしまったのだ。四福音書の中には書かれていないが、伝説ではこの道行きで三度イエスは倒れたことになっている。
ガバタから、ゴルゴタの丘へ、木でできた重い十字架を担いで歩き出したイエスは、途中で体力の限界に達してしまった。ローマ兵はそばに頑強なクレネ人シモンがいることを見て、途中からイエスの代わりに十字架を刑場まで担がせた(マルコ15:21参照)。このクレネ人シモンが、後にどうなったかは書かれていないが、きっと、キリストを受け入れクリスチャンになって行ったのではないかと私は想像する。主の十字架を共に担いだこの男は何と名誉なことをしたことであろう。
私はパウロの言葉を思い浮かべる。
『キリストの苦しみのなお足りないところを、わたしの肉体をもって補っている。 』(コロサイ1:24)。
十字架の苦しみの足りないところなどあろうか。十字架の苦しみは、救いに十分な代価であり、私達が何かを為すことによって、それに加えるような不遜なことが出来ようか。神学的にはそうかも知れない。信仰は、イエスのなされた贖いの業を受けるだけで十分なはずだ。しかし実際には主の為に、ある者は苦しめられ、迫害され、宣教の重荷を負い、時には窮乏する生活すらして行かねばならない。生きると言うこと自体も決して生易しいことではなく、生活の苦しみが伴って来る。この世で生き抜くと言うのは大変なことなのです。若い頃は、ただ信仰があれば、何でもうまく行くと、安易に考えていた私です。しかしこのように今74歳になって振り返って見ると、「人生は決して甘いものではなかったなあ」と思う、これは半生を振り返った私の正直な感想です。
郵便局長をしていた時に、ミスの多い困った職員が私の局に転勤してきて、いくら注意してもミスが直らないので、その指導に神経をすり減らした。また、何年も前に他局に転勤させた部下に、自分に合わないところに追いやられたと、かなり後々まで恨まれたこともあった。
この世で仕事をして、収入を得、家庭を営み、立派に子供を育てて行くことは大変なことなのです。その他にも、色々な困難や、試練にぶつかり、経済的な苦労をし、病気になったり、体調がすぐれなかったり、破局してしまった最初の結婚生活で、様々な家庭的な愛の実行が出来なかったり(再婚し二度目の妻の為には、少しは変わったかも知れない、痛い目に遭って人間誰でも学習して行くものだ)、親族の死に遭遇したり、必要な物がなかったり等、たくさんの苦難があった。生きて行くことは大変なことだな、とつくづく思うのです。
パウロの言う『キリストの苦しみのなお足りないところを、......補っている。』って何だろう。それは、直接的には福音宣教の為に苦労を背負うと言うことだとは思う。しかし、私は、これは生きることそのものではないかと最近になって考え始めた。生きるって何だろう。
人には言えないような、自分の過去の失敗、事件、しがらみを背負いながら皆必死になって生きているのです。それが主が負われた十字架の苦しみの不足分を自ら背負うことではないか。それでも、辛くても、何があろうと、この世での私の分を果たすまで、主が、「もういいよ」と言われるまでは、何としても生き抜かねばならない、もちろん恵みによって、許されるならばです。
イエスのかかった十字架の上には、『「ナザレのイエス、ユダヤ人の王」』(ヨハネ19:19)と、ヘブル語、ラテン語、ギリシャ語で書かれていた。余談になるが、当時の習慣としては罪状書きを首にかけ、市中を引き回しの上、十字架上に罪状書きを、罪びとの首から外し釘付けしたようだ。またイエスの十字架を描いた絵の中には罪状書きに「I.N.R.I.」 の文字が書かれているものもある。『新カトリック大事典』1巻 「I.N.R.I.」(アイ・エヌ・アール・アイ)の項によるとラテン語の 「Iesus Nazarenus Rex Indaeorum」の略記で「ナザレの王イエス、ユダヤ人の王」の意味。しかし、この略号四文字はカトリック教会の影響のもとに書かれたものであって、歴史的事実ではないと私達プロテスタントは考えています。四福音書それぞれ文字書きが違うので実際には何と書かれていたかは謎です。「これはユダヤ人の王イエスである」 (マタイ27:37)。「ユダヤ人の王」 (マルコ15:26)。「これはユダヤ人の王」 (ルカ23:38)。
イエスは両の手のひらに釘を打たれて磔られた。『トマスは言った。「あの方の手に釘の跡を見、この指を釘跡に入れてみなければ、また、この手をそのわき腹に入れてみなければ、わたしは決して信じない。」さて八日の後、弟子たちはまた家の中におり、トマスも一緒にいた。戸にはみな鍵がかけてあったのに、イエスが来て真ん中に立ち、「あなたがたに平和があるように」と言われた。それから、トマスに言われた。「あなたの指をここに当てて、わたしの手を見なさい。また、あなたの手を伸ばし、わたしのわき腹に入れなさい。信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」トマスは答えて、「わたしの主、わたしの神よ」と言った。』 (ヨハネ20:25~28)
『見よ、わたしは、たなごころにあなたを彫り刻んだ。』(イザヤ49:16口語訳)と書いてある。 神は掌(たなごころ)に私達の名を刻んで覚えておいでになり、決して忘れることはない(女が自分の産んだ乳飲み子を忘れることがないように)。
今はやってないが、昔私は一日のやるべきことを、赤のボールペンで手の平に書いていました。スマホもない50年ほど前の学生時代のことです。今だったらスマホのメモ帳アプリを出して、簡単に記録できるのだが、当時はそんなものはなかった。やるべきことを忘れないために、そんなことをしていたことを今思い出した。しかし、一日の中で、何度か手を洗っているうちに書いた文字は消えてしまう。
イエスは何故両の手の平に釘を打たれたのか。それは私達の名前を忘れずに手の平に刻むためであったとしたら、人間的な解釈をし過ぎであろうか。
疑い深いトマスが、イエスの手の平に釘跡を見、脇腹に手を差し入れた時(実際そうしたかは分からないが)『「わが主よ、わが神よ」。』(ヨハネ20:28口語訳)と言ってイエスを拝した(イエスを神と呼んでいることにも注意)。
イエスの手の平の傷跡は、神の国が回復された後にも、贖いの記念として、永遠に残されると言われている。イエスの釘打たれた手の平の傷口に、私やあなたの名前が永遠に刻み込まれていると深読みしたら、救いは今よりもっとゝ近くに、確実に感じられないだろうか。
『兵士たちは、イエスを十字架につけてから、その服を取り、四つに分け、各自に一つずつ渡るようにした。下着も取ってみたが、それには縫い目がなく、上から下まで一枚織りであった。 そこで、「これは裂かないで、だれのものになるか、くじ引きで決めよう」と話し合った。それは、「彼らはわたしの服を分け合い、わたしの衣服のことでくじを引いた」という聖書の言葉が実現するためであった。兵士たちはこのとおりにしたのである。』(ヨハネ 19:23~24) このことは『わたしの着物を分け衣を取ろうとしてくじを引く。』(詩篇22:19)の預言の実現であった。当時衣服は貴重な物であり、死刑執行にあたる者たちが、死刑囚の衣服を分け合い自分達の物にするのは当たり前のことでした。イエスの下着は、今で言うアンダーシャツではなく、衣服と考えたほうが良い。縫い目もなく1枚布からできており、破くのはもったいないので、くじ引きをした。上着は今で言えば保温性のあるコートのようなもので、獣毛製であったと考えられる。これは4人の兵士によって4つに分けられた。
さて、十字架上でイエスが言われた言葉が7つあるが、ここでその言葉の意味を考えて見よう。
以下の文章の中にバラバラに出てくるので、①~⑦の番号を分かり易く付けておいたので、参考にしていただきたい。
まずは母マリアの今後について、創造主である主は心配なさった。自分を肉の上では産んで下さり、この地上で育ててくれた母マリアも、やがて歳を取って行くことをイエスは思いやった。マリアは普通の人間であるので、やがて死んで、眠りにつくことになる。世の終わり、再臨の時、マリアを復活させ永遠の命を与えることを、イエスは見通されておられた。しかし、今後も母マリアは地上で寿命が終わるまでは生きて行かねばならない。十字架の上から母マリアの今後の生活を思い、ヨハネにマリアの行く末を託された。
『イエスは、母とそのそばにいる愛する弟子とを見て、母に、①「婦人よ、御覧なさい。あなたの子です」と言われた。それから弟子に言われた。「見なさい。あなたの母です。」そのときから、この弟子はイエスの母を自分の家に引き取った。』(ヨハネ19:26~27)その時以来ヨハネはマリアを引き取り、ヨハネはマリアを最後まで、扶養し面倒を見た。
『この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。」』(マルコ6:3)とあるように、イエスの兄弟はたくさんいたのだから、考えて見ればこれは不思議な話です。普通はイエスの兄弟が母マリアの面倒を見るべきではないのか?
新約聖書外典の「ヤコブ原福音書」(外典 とは各種公会議等で、正典とは区別され聖書とは認められなかった文書)に書いてある内容はとても信じられるようなしろものではないが、その中に、マリアは16歳で結婚し(諸説あり)、夫ヨセフはかなり歳がいっており、後妻として嫁いだと書かれている。イエスの多くの兄弟姉妹は、先妻の子供で、後妻であるマリアが産んだのではないかも知れない。ただし、ヨセフが再婚であるとは聖書には書かれていないので、私はこの説を支持しない。カトリック教会が、マリアに神聖を与え、マリア崇拝を促すために、後から付け加えた可能性もある。彼等にとっては、マリアは永遠の処女であって欲しいのだ。
ただヨハネが、イエスから特別に愛された弟子であって、マリアをイエスの死後自分の家に引き取り、最後まで老後のお世話をした事実を受け止めよう。イエスは優しく自分を地上に産んでくれた母に対して、その老後のことまで十字架上でお考えになっていた、配慮に満ちた方であった。
このことから、さらに推測されるのは、私達の老後もキリストに頼って行くならば、何の心配もないと言うことです。父なる神と共に天地を創造なされ、人となった神が、母の老後を心配なさった。そのような地上の生活に配慮のある方が、イエスを心から信じ、頼り切っている私達の老後の心配をなさらないはずがあろうか。だからと言って人間的な計画を立てるなと言うわけではない。誰でも歳はとって行くし、身体が自由に動かなくなる時が来るのだから、何歳くらいになったら、どこの老人ホームに入ろうかくらいは考えておいたほうが良いだろう。私が言いたいのは、神は人間が立てる計画以上のことを、信じて頼っている者に用意して下さると言うことです。
『そこで、彼らはイエスを十字架につけた。また、イエスと一緒にほかの二人をも、イエスを真ん中にして両側に、十字架につけた。』(ヨハネ19:18) 十字架は三本『ゴルゴタ』の丘に立っていた。何故イエスの一本だけではなかったのかだが、これには象徴的な意味がある。真ん中のイエスの磔られた十字架が一番重要な意味を持つことは言うまでもない。それは全世界の人々を救う為であり、神の完全な贖いの業であり、総ての救いの土台であり、イスラエルの犠牲制度の本体です。この十字架は、救いの本質であり、実体です。むしろ神殿や、聖所や、日々に捧げられてきた朝夕の羊の犠牲等が象徴であり、本体はイエスの死にあったのです。各種の礼典律法の多くは、イエスの犠牲を予表しており、十字架が本体であり、言わばその影であった。多くの礼典律法は、本体が来たことによって廃された。
だいぶ本筋からは離れてしまうが、ここからしばらくの間、十字架で廃された各種の礼典律法について記述する。 『だから、あなたがたは食べ物や飲み物のこと、また、祭りや新月や安息日のことでだれにも批評されてはなりません。これらは、やがて来るものの影にすぎず、実体はキリストにあります。』(コロサイ2:16~17)
礼典律法は影であり、本来の救いの本体であるイエスの十字架に人々を連れて行く目的で、旧約聖書において制定されたものです。様々な律法がある中で、祭りや新月や祭りに伴う安息日等の律法のどこまでが廃されたかを見極めることは、また祈りの内に神学的思考を働かせていかなければならない、重要問題です。 新月ごとの集まりはとっくに廃されており、現代のユダヤ人達ですら、熱心な宗教家を除き、新月などは守っていない。新月の集まりに対す評価はこのヨハネ19章の私的解説の最後に記載(コピー)してありますので、それを参考にして下さい。(《参考》 ■新月「ローシュ・ホデッシュ」)
食物規定については完全に廃されたと言うことがペテロが三度見た幻から言えよう(使徒行伝10:9~16参照)。『「......屠って食べなさい」』(同10:13)と言う声がしたことから考えて、妥当な見方であろう。この幻は直接的には食物を指していたのではなく、コルネリオを代表とする異邦人伝道を指示していた幻であり、食物規定は変わらないと言う意見もある。しかし、私に言わせればこのような、何でも食べて良いと受け取れるような幻を神が用いたこと自体が問題であろう。
ヒンズー教やイスラム教では厳しい食物の規定が存在することを私達は知っています。肉体的な健康長寿を目指すことは別の問題として、キリスト教では魂の救いに関して、食物の規定は一切関係ない。
『だから、あなたがたは食べ物や飲み物のこと、また、祭りや新月や安息日のことでだれにも批評されてはなりません。これらは、やがて来るものの影にすぎず、実体はキリストにあります。』(コロサイ2:16~17)
『何を食べてもよいと信じている人もいますが、弱い人は野菜だけを食べているのです。(肉を)食べる人は、(肉を)食べない人を軽蔑してはならないし、また、(肉を)食べない人は、(肉を)食べる人を裁いてはなりません。神はこのような人をも受け入れられたからです。』(ローマ14:2~3)つまり、肉食や菜食(ビーガン)どちらも神は受け入れて下さるのです。
ただし、SDAは食物規定は戒めとしては廃されているが、健康の原則としては残っていると考えています。私も戒めとしては廃されていると言う条件付きで、健康の原則として食物規定に準じた食生活をすることは大賛成です。旧約聖書に書かれている食物規定は、高血圧や心臓病等に対して疫学的に、大きな予防効果があります。
祭りや新月や安息日(各種祭りに伴う特別な安息日)は廃されている。
ユダヤ三大祭り(仮庵、過ぎ越し、七週の祭り)を始め、 新月を祝う風習等、各種の祭りは全て廃された。それらの祭りに伴う特別安息日も廃された(週の7日目の安息日ではない)。祭りがキリストの影であったように、それに付随する特別安息日もキリストの影であって、本体であるキリストが来た以上廃され無くなってしまった。
『また、ある人は、この日がかの日よりも大事であると考え、ほかの人はどの日も同じだと考える。各自はそれぞれ心の中で、確信を持っておるべきである。』(ローマ14:5口語訳)
パウロの『どの日も同じ』であると言う言葉は、各種祭りに伴って制定されていた特別安息日を指すと私は考える。他に異なった意見をお持ちの方がいることは私も理解している。少なくとも天地創造の記念日の第7日目安息日については、この各種の廃された礼典律法には入っていないとSDAは考えています。第7日目安息日は天地創造の記念日であり、モーセがシナイ山で受けた石の板に書いてある十戒の第4条よりも、さらに遡ること2,500年も前に、創世記において神自らその御言葉でお定めになったことです。
地球の一回転が1日であるので、宇宙的視野に立てばどの日も同じだとは思うが、地球創造時に発せられた言葉に変化はないはずです。神ご自身の御性質と存在に変化がなければ、 この地球上において、限定的にではあっても安息日は存在している。創造の記念日である第7日目安息日の遵守は、この地球に限定されたとしても、いまだ存続していると考えるべきでしょう。安息日は神の為にあるのではなく、地球上の人の為にあるのですから。『また彼らに言われた、「安息日は人のためにあるもので、人が安息日のためにあるのではない。』(マルコ2:27) また安息日の主はイエスその方ですので、イエス中心に過ごすことが安息日の本来の意味です。
『天地万物は完成された。 第七の日に、神は御自分の仕事を完成され、第七の日に、神は御自分の仕事を離れ、安息なさった。 この日に神はすべての創造の仕事を離れ、安息なさったので、第七の日を神は祝福し、聖別された。
』(創世記2:1~3)。
もし、文字通りの7日間による神の天地創造を信じないなら、安息日を守る意味は全くない。ある人達は創造は何千年、何万年、何億年かけて起きたことであり、文字通り、7日間で完成したとは信じてはいない。もしそうであるなら、神が聖別し、祝福された根拠が覆る訳だから、7日目安息日を守る意味は失われてしまう。
『こういうわけで、安息日の休みが、神の民のためにまだ残されているのである。』 (ヘブル4:9口語訳)
この聖句の前後を良く読むと、魂の救い、安息に入った者だけが、真の安息の気持ちをもって、本来の意味での第7日目安息日を守ることができると主張しているように思われます。それは魂の休息であり、キリストの贖いを深く感じる特別な日です。単に仕事を休めば良いと言うようなことではない。救いの安息日なのです。私はそのように解釈します。
ここからは少々複雑な論理になるが、こんな考え方を持った人々もいると言うことの例として紹介しておこう。ある学者達は、キリストがもたらす救いの安息は、十字架によって、既に十分に成就したのだから、安息日の戒めは廃されていると主張します。この考え方を進化させて行くと、イエスによって総ての日が救いの安息となっているので、特に7日目だけを区切って安息日にする必要はないではないかと言う論理の帰結になります。私達は毎日ゝがキリストの真の安息によって救われ、魂の平安、真の休息を得ているので、ワザワザ7日目を安息日として区切りをつける必要はなくなったと言う理論です。毎日をキリストの贖罪を賛美しながら、全身全霊を神に捧げ、生きて行くことそのもの、生活全般が神を礼拝する行為になっているのだから、改めて1日だけを聖なる日にする必要はないと言う考えです。
確かに、これは一理ある考え方ですが、果たして肉の人間性はそんなに信頼できるものなのでしょうか。一週間の内、どこかで世俗の日と、聖なる神の日を区別しないと、世の中に押し流され、この世の人と変わらなくなってしまう危険性が、堕落しやすい私達の弱さの中にあります。
わざわざ、神が第7日目と区切って、祝福し、聖別してまで、人類にお与えになったのですから、この日をイエスの贖罪の、真の安息(救いの平安を得る日)として区切って過ごすことには意味があるのです。それは肉的になり世俗に押し流されやすい私達に、聖なる防波堤としても与えられていると私は考えています。
私達はこの世の中にあって、肉とその楽しみ、この世が提供する快楽、娯楽等に取り囲まれ、惰性に流されやすい性質を持っています。また逆にこの世の仕事に必要以上に没頭し、いつしか、神もイエスも自分の人生すら忘れて、仕事をすることそのものが最高の生きがいとなってしまうこともあるのです。仕事をしているときの意識の連続、無我で何かに集中していることは、一つの快適な気持ちを、信者であろうと未信者であろうともたらします。何かに集中して意識が統一していることは良いことです。人間は何かをやっておられずにはおれないのです。しかし、行動のすべての連続の中に神の存在が、無視され、ただ行動し生きるだけであったら、それは空しいものです。
神を認めず、神を意識もせず、総てを肉の自分の才能と力によって遂行し、仕事病とも言うべき精神状態になってしまうこともあります。第7日目にすべての仕事から離れて(医療行為、牧師職の仕事、その他生命に関わる奉仕的な仕事等は除く)、救い主を認め、魂の救いの安息を経験することは、人間性の弱さから言っても必要なのです。
ヘブル書の4章の文脈を私なりに解釈すると以下のようになります。モーセや神の言葉に逆らって40年の間荒野を彷徨った、イスラエルの人々は、次の指導者ヨシュアに率いられて、カナンの国に入りました。しかし、実際は、出エジプトした人々は代替わりするまで、砂漠でことごとく死んで行ったのです。子供の世代になってカナンの国に入ったのです。彼らは何故、救いの安息に入ることなく、砂漠で死んで行ったのか。それは不従順と不信仰の故であったとヘブル書は書いています。だから神は、約500年後、ダビデを通して、未来のある日を今日として定めて、今日御言葉、恵みの言葉、救いの福音を聞いたなら、心をかたくなにしてはいけないと勧められたのです。
そして救いの福音を私達もまた、自分の生涯のある日の今日、受けることが出来たのです。それは私が個人的にイエスの福音を受け入れ、幸い心を頑なにせず、私の人生のある日、今日と言う日に救われたからです。ある方々にとっては、その特別な今日は、まだ未来の出来事かも知れませんが。
今日、イエスの言葉によって救いの福音を聞いたなら、それを受け入れ、従順な心を持とう。魂が神の真の救いの安息に入っているのだから、心をかたくなにしないようにしよう。こういう理由で安息日がまだ神の民の為に残されているのだ。救いの福音を受け入れた人々は、神が7日目に休まれたように、真の安息の中で憩い、集い、第7日目の安息日を真の意味で魂の救いの安息として遵守して行こう。そうでないと、また不従順の例にならって、私達の中からも道を踏み外すものが出てくるかもしれない。
しかも(救いの)御業は世の始めから出来上がっていた(時間の壁を全部取っ払って考えると、イエスは世の始めから十字架にかかっており、救いは完結されており、神の業は《天地創造やイエスによる救いを含めて》7日目に完結されていたと考えることは行き過ぎだろうか)。
神は7日目にすべての業を休まれたと書いてあり、私達は真の安息に入ったのであるから、そういう意味で安息日の休みが神の民の為にまだ残されているのです。(ヨシュアは十分な安息を神の民に与えられなかったので)『それで、安息日の休みが神の民に残されているのです。』(へブライ4:9新共同訳)
だいぶ横道に逸れたが、十字架につけられた二人の凶悪犯のところに戻ろう。イエスの右と左に十字架につけられた死刑囚たちは、これは救いに至る人、滅びに至る人の象徴です。
イエスの右につけられていた方(右か左かは聖書に書いていない、しかしイスラエルでは、右は神の恵みの方向である)の罪人は、死の間際、人生ギリギリのところで、イエスを受け入れ、自分の罪の身代わりに死んでくれたイエスの贖罪を受け入れたのです。これは救われる人々の代表です。私達は皆このようにして救われる。そこに例外はないと私は信じている。ただ恵みにより、信仰によって義とされ、罪深き生涯の罪が不問に附され、魂が救われる。この右側の人は何の善い行いもなく救われたのです。私達もそのようにして救われるのです。十字架につけられていた人が何の善い行いが出来ようか。ただ信じるだけで、天国への切符をもらえた。永遠の命の観点から言えば、ある意味世界で一番幸せな人間がそこにいたのです。そして、私達一人ゝも漏れなく、このような立場で救われるのです。そのことは私は自信を持って言えます。それが聖書の最も根本的で大事なお約束だからです。皆、ただ神の憐みにより、信仰によって、イエスの義の衣を着て救われるのです。
中には、恵みに満たされ、その生涯を潔いものとして、キリストに捧げ、立派な功績を挙げられる人もいるかも知れない。そのような恵まれた人は、天国へ行って神からの栄誉をいただくことでしょう。しかし、この世で功績を残し、善行を多く積み上げた人であっても、こと個人の救いに関しては、ただ恵みによるのであって、そこには何らの差別もないはずです。早朝から働いた人も、朝9時から働いた人も、昼12時頃から働いた人も、午後3時や夕方5時頃から働いた人も、皆一日分の日当、1デナリ(天国の値)を主人からもらえました(マタイ20:1~16参照)。 父なる神は働きの大小によって報いの差別をなさいません。心から福音を信じる者は皆救われるのです。『「主の名を呼び求める者はだれでも救われる」のです。』(ローマ10:13)
イエスの左につけられた罪人は、『「あなたはキリストではないか。それなら、自分を救い、またわれわれも救ってみよ」と、イエスに悪口を言いつづけた。』(ルカ23:39口語訳)。十字架についてもうすぐ、自分は死ぬのが分かっていたのに、自分の生き方を変えず、反省も悔い改めもせずに、イエスを罵倒した。自分が今まで犯してきた、強盗や殺人などの悪いことを棚に上げて、ただ喚き散らしながら、神を呪い、自分の人生を呪い、イエスを嘲りながら死んで行った。
右側の悔い改めた罪人が、自分たちの罪を棚に上げて喚き散らす左側の人を見てたしなめる。『もうひとりは、それをたしなめて言った、「おまえは同じ刑を受けていながら、神を恐れないのか。お互は自分のやった事のむくいを受けているのだから、こうなったのは当然だ。しかし、このかたは何も悪いことをしたのではない」。そして言った、「イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください」。イエスは言われた、②「よく言っておくが、あなたはきょう、わたしと一緒にパラダイスにいるであろう」。』(ルカ23:40~43口語訳)
恵によって救われる、ただ恵みにより、その恵みを捉える信仰によってのみ救われるのです。しかし、提供された恵みを拒めば、滅びるしかない。一人は恵み、イエスの恵み、無限の赦しを信仰によって捉え受け入れた。しかしもう一人の罪人は、あくまでも拒み続けた。罪の赦しは右と左と二人の罪人に平等に提供されていた。しかし、左にいた罪人は、最後までそれを拒み、イエスを罵り続けた。
恵みがあり、そのことを拒むなら滅びがあります。恵みと滅びは真理の表と裏です。恵みを受け入れれば救われ、永遠の命と将来の幸せが約束されているのに、何故もう一人の罪人はイエスの愛を拒み続けたのだろうか。もう時間が無いのだ、後数時間もすればローマの兵士達によって、足を強制的にへし折られ死んで行くのだ。平安な気持ちで、イエス来臨の時には、天国へ招き入れられるその希望があるのに、罪人よ、何故最後まで拒み通すのだ。その差を生むのはいったい何だろう。
信仰の心の芽生えについて、真剣に考えなければならない。私達もイエスの十字架の左右に共につけられた二人の罪人のどちらかになる。私達は何故に、キリストを信じるのか、救いを信じるのか。神の愛、恵みの大きな御恩寵に対して、どのように考え、心の中で受け止めて行くのか。それが私達の将来を決めて行く。恵みか、滅びか。心の作用によって、それが自分のものになるのか、ならないのかが決まる、とても大切な問題なのです。
『この後、イエスは、すべてのことが今や成し遂げられたのを知り、「渇く」と言われた。こうして、聖書の言葉が実現した。そこには、酸いぶどう酒を満たした器が置いてあった。人々は、このぶどう酒をいっぱい含ませた海綿をヒソプに付け、イエスの口もとに差し出した。イエスは、このぶどう酒を受けると、「成し遂げられた」と言い、頭を垂れて息を引き取られた。 』(ヨハネ19:28~30)
十字架につけられたイエスから、その釘打たれた手の平から、血がダラダラと絶え間なく流れ出していた。体内から血が失われて行くとき、大変な渇きを覚えるそうです。主は喉の渇きを覚えられ、十字架上で『③「渇く」』(同19:28)とおしゃった。詩篇69:22に『人はわたしに苦いものを食べさせようとし 渇くわたしに酢を飲ませようとします。』と書いてあるとおりです。
そして多分そういうことが十字架刑にはつきものであったのだろう。予め酸いぶどう酒が用意されており、葦の棒(マルコ15:36参照)に植物ヒソプが付けてあり、さらにその先端に海綿がつけられ、酸いぶどう酒がたっぷり染み込ませてあった。酸いぶどう酒、これはたぶん神経をマヒさせる麻酔効果もあったのではないか。海綿にたっぷりと染み込ませたその液体をイエスの口元にローマ兵が差し出すと、『イエスは、このぶどう酒を受けると、』(ヨハネ19:30)とあるが、実際にはゴクゴクと飲んだのではなくて、なめただけではなかったかと思われる。
十字架に磔になる直前に、この苦い葡萄酒を飲ませようとしたところ、イエスはなめるだけだったとマタイは書いている。『そして、ゴルゴタという所、すなわち「されこうべの場所」に着くと、苦いものを混ぜたぶどう酒を飲ませようとしたが、イエスはなめただけで、飲もうとされなかった。』(マタイ27:33~34)
これはイエス自らが麻酔を拒否したことを意味している。最後の最後まで、イエスは肉体の限界の極みまで、十字架の苦痛を、その喉の渇きも含めて、純粋にありのまま、苦痛をお受けになったのです。イエスの覚悟には妥協と言うものはなかった。イエスは麻酔も水分も、取らず飲み下さず、その極みまで苦痛を味わいなさったのです。
ここに教訓がある。私達もイエスがこの世でお許しになる、苦痛を敢えて受けようではないか。人から誤解され、あるいは信仰の故に迫害を受ける時、敢えて主がなさったように受けようではないか。その艱難苦難は人によって違うだろう。ある場合には、肉体の弱さから来るものであり、病気や、生まれ持った障害かも知れない。どのようなものか個人によって違うと思うが、それらの困難をある程度甘んじて受けるべきではないか。もちろん人生の様々な苦労、また肉体的なハンデ、病がもたらす苦痛等はない方が良いに決まっています。出来れば私もあらゆる災厄、災害から守っていただき、様々な苦しみを経験しないでいつも平安なうちに人生を送りたい。しかし、どうもそのようにはいかないようです。ヤベツの祈りは常にしているのですが(歴代誌上4:10参照)。
末期がんの患者には、実際には緩和ケアも必要であろう。私はそれを否定するつもりはない。誰だって痛いのは嫌に決まっている。しかしイエスは病を負い、病気の痛みに耐えられたのだ。
『彼が担ったのはわたしたちの病 彼が負ったのはわたしたちの痛みであった。.........彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。』(イザヤ53:4~5)と書かれている。この御言葉を素直に読むならば、イエスは私達の不義や咎の為だけに、傷つけられ、砕かれただけではなく、実際の私達の肉体の病や、病から来る痛みすら負われたことになる。
もし病気の苦痛と闘っている兄弟姉妹がいるとしたら、私は本当にそれはどんなに辛く苦しいことではないかと同情する。
私の信仰の兄弟にALS(筋萎縮性側索硬化症)を患い、今も入院している方がいる。運動神経が侵され寝たきりになり、最後は呼吸すら困難になり亡くなって行く、国指定の不治の難病です。共に教会生活を一緒にしていた方です。奥さんは今でも健気に病院に通っていますが、ご主人は今は瞼を動かして意思表示するしかできないようです。神の奇跡的な癒しがあるようにただ祈るばかりです。
人の幸不幸は永遠の命の観点から考えねばならない。そのことは私も十分に分かっているはずです。しかし彼のことを考えると、神を信じて来たのに何故?と言う、大きな嘆息が出てしまうのです。私達は人生の総ての苦難、避けられなかった事故、どうしても癒されぬ病、結果誰にでも平等に訪れる死について、神の御心に、全てを委ね任せるしかないのです。土から造られた有限な私達にとって、無限であり、且つ超絶者である神の御手に自分の全てを、イエスの犠牲による贖いの約束を信じ切って、最終的には 委ね任せるしか、選択の余地はありません。どんなに寂しく、どんなに藻搔いても、土から造られた者は、やがて元の土に還って行くのです。もちろん、キリストに結ばれた者は、その後の復活と永遠の命の希望はありますが。
しかし、現世における肉体の病から来る痛み、苦しみをイエスが知らないことではない。イエスは私達の病を担い、痛みを感じ負って下さった。そのように信じて行こう。
病から来る耐えがたい苦痛を忍んでおられる方々、イエスはその痛みすら、酸い葡萄酒を飲み下すことを拒否することによって、つまり現代的言い方をするならば、緩和ケアを受けることなく、まともに痛みと向かい合い、私達のためにその痛みを負って下さったのだ。『彼が担ったのはわたしたちの病 彼が負ったのはわたしたちの痛みであった 。.........彼の受けた傷によって、わたしたちはいやされた。』(イザヤ53:4~5) そのように感じ、願い、そのように聖書の記事を理解し、強烈に信じて、イエスの御名によって癒しを求めて祈って行くとき、必ずや私達の肉体にも聖霊が降って、イエスが賜る奇跡が起きることを私は信じています。
またイエスはただ肉体的に渇かれただけなのだろうか。私はそうは思はない。イエスは、その神に忠実な、純粋な心が渇かれたのだと思う。
『三時にイエスは大声で叫ばれた。④「エロイ、エロイ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。 』(マルコ15:34)。イエスから御顔を隠されるのは主の御旨であった。『しかも彼を砕くことは主のみ旨であり、主は彼を悩まされた。』(イザヤ53:10口語訳)とあります。イエスの心は生まれて初めて、父なる神との隔絶を経験なさった。
いつもイエスと父なる神は一つであられた。ところがこの十字架の渇きは、心の渇きをイエスにもたらした。父なる神の御姿が見えない、祈っても応えられない、父なる神と隔絶してしまったのです。もはやイエスの霊性は、打ち震え、人間の運命はギリギリのところで、振り子がどちらかに動くことで決まろうとしていた。初めてイエスは孤独、本当の孤独、神からの離別を経験し、神から離れ、神に対する信頼を翻すことになるのでしょうか。
イエスは罪と言うものの本質、究極的な滅びの感覚(第二の死)を、最終的に味わい耐えられた。どんな肉体的、精神的苦痛、霊的な欠乏も渇きもイエスを神に逆らわせることは出来なかった。
総ては『⑤「成し遂げられた」』(ヨハネ19:30新共同訳)。『⑤「すべてが終った」』(同口語訳)と言って、頭を垂れて息を引き取られた。イエスはただ一人で酒舟を踏んだ、自らの返り血を浴びながら(イザヤ63:3参照)。贖いの枡目は満たされ、遂に贖いは完成され、すべては終わり、成し遂げられた。アーメン(そのとおり、本当に、はっきり言っておく、まことに)、ハレル(賛美せよ)ヤ(ヤハウエを)。
救いとはイエスの完成された業を、「有難うございます、私はあなたの贖いの業によって義とされています。」と言って、信仰によって受け取るだけです。それに後から付け加えるものは何もない。それは信仰の出発点であり、また信仰生涯のどの過程においても、常にそこに戻ってくる場所であり、信仰の終了時点、すなわち自分が永遠の眠りに就く時点においても、ただ御恩寵によってのみ、御前に立つことができる場所です。始めから終わりまで、救いはただキリストの恵みによるのみです。救いはイエスが十字架上で全人類の罪を負って亡くなられたこの時点で、十分に、完全に完成されている。『「成し遂げられた」』のであり、『「すべてが終った」』のです。
しかし、ここで勘違いしてはいけないのは、私個人に対する、完成された救いの適用は終わっていないのです。私自身はと言えば、今後もこの御恩寵の中に生きながら、それを信じ受け続け、感謝し、イエス・キリストに固く結ばれ、根を下ろして生きて行かなければならない。『あなたがたは、主キリスト・イエスを受け入れたのですから、キリストに結ばれて歩みなさい。キリストに根を下ろして造り上げられ、教えられたとおりの信仰をしっかり守って、あふれるばかりに感謝しなさい。』(コロサイ2:6~7)
どちらかと言えば、キリストに結ばれて生きる方が、信仰のエネルギーを要する。常にキリストに結ばれて生きることの大変さを自覚しなければならない。毎日のことであるので中々厳しい信仰の戦いがあります。その戦いの中で、私は、余生を、自分の趣味や、旅行、レジャーに生きるのではなく(たまには、それらもやりたいと言う欲は常にあるが)、御言葉の研究に時間を割き、御言葉と祈りと、御霊の中で生きようと決心した。
肉的な決心も大事です。しかし、実は自分の生まれつきの決心や努力はあまり役に立たない。自分の古き肉が既にキリストの十字架と共に滅ぼされ、砕かれ、処断され(ローマ8:3参照)、一切を神に委ね、聖霊の臨在を乞い求めて行くことこそ、永続的なキリストにあり続ける秘訣です。主と共に復活させられた体験をし、キリストの新しい命を毎日受ける事こそ、勝利の秘訣なのです。
『 〔そのとき、イエスは言われた。⑥「父よ、彼らをお赦しください。自分が何をしているのか知らないのです。」〕』 (ルカ23:34)
イエスは自分を十字架につけた敵の為にも赦しを祈られた。敵である時ですら神の和解を受けたと言うパウロの言葉を思い起こす。
『敵であったときでさえ、御子の死によって神と和解させていただいたのであれば、和解させていただいた今は、御子の命によって救われるのはなおさらです。』(ローマ5:10)
イエスは自分を殺す者達さえ赦しておられたのです。『敵を愛し、』(マタイ5:44)と言われたことは、ただのお題目ではなく、イエスはそのとおり実行なさったのです。私達にそのような祈りが出来るか、実際にそのような態度をとれるかは、ほぼ不可能であろう。前章ヨハネ18章の自己流解説で述べたように、弟子は師(イエス)にまさることは出来ないし、師(イエス)に似たようなことができればそれで十分だと私は考える。
私達は当然のことだ、良いことだと思って罪を犯している場合があります。聖書の価値観を知らず、聖霊の感化を知らない為、この世の価値観に基づいて行動しているので、その時は罪かどうかも分からない。ただ刹那的な面白さ、スリルを求めてやってしまっていることがあります。善悪などは考え及ばないのです。ただ面白ければそれで良いとその場では思ってやってしまう。後で考えて見ると、人を傷つけたり、人命が失われたり、法律違反だったりして、大変な考え違いだったことに気が付くのです。誠に浅はかな私達です。多くの場合、イエスの言葉のように『自分が何をしているのか知らない』で罪を犯しているのです。日本で常識と思われ、世間一般に行われ、そんなことは当たり前であり、却って美徳とすら思われていることが、聖書の価値観からすると、大変な罪深いことであることもあるのです。
『イエスは大声で叫ばれた。⑦「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」こう言って息を引き取られた。』 (ルカ23:46)
私の霊と言われるものはどこから来るのか。『この霊によってわたしたちは、「アッバ、父よ」と呼ぶのです。』 (ローマ8:15)。『あなたがたが子であることは、神が、「アッバ、父よ」と叫ぶ御子の霊を、わたしたちの心に送ってくださった事実から分かります。』(ガラテヤ4:6) 天地創造の愛の神を、アッバ、父よ(お父ちゃん)と叫ばさせる霊、それは、私達の内に宿るキリストの霊です。私達はこのキリストの霊を受けている。その霊が、私達が祈る時、父に向って、お父ちゃんと叫ばさせるのです。もっと豊かに生ける霊を天から、キリストの名によって与えて下さいと祈るのです。
『「神はわたしたちの内に住まわせた霊を、ねたむほどに深く愛しておられ、もっと豊かな恵みをくださる。」』(ヤコブ4:5~6)。
私達の内に住まわせた霊、イエスの霊が私達の内に宿り、私達の心を住まいとし、溢れるばかりに外に向かって流れ出していく。ここに父なる神が私達を憐れんで下さる根拠があります。又、霊に満たされた信仰の兄弟同士が、深く触れ合うことができる理由があります。
『神の霊によって導かれる者は皆、神の子なのです。』(ローマ8:14)。あなたも私ももう神の子なのです。些細な教理の違いによって、教派同士がいがみ合うことはもうやめよう。イエスの霊の下に集まろう。神の霊によって導かれる者は皆、神の子であり、尊い方々なのです。
最初に神がアダムに息を吹きかけた時、人は生きたものとなった。
『主なる神は、土(アダマ)の塵で人(アダム)を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった。』 (創世記2:7)
ここが人類の始まりです。人間はそのままでは土の塊とも言えるが、神の息(霊)が肉体に宿ることによって生きたものとなり、尊い存在となった。もとをただせば、ただの泥人形かもしれないが、神が息(霊)を吹きかけると人は生きた者となった。
イエスの霊が宿っているから生きている。『「我々にかたどり、我々に似せて、人を造ろう。』(創世記1:26)。人間には神のかたちが備わっている。悪を憎み正義を尊ぶ心、道徳心、良心、自由意思、社会性、創造力、愛し愛される力、言語、理性、清い感情、芸術を愛し美を追求し、永遠を思う心等、動物にはない神のかたちが人間には備わっている。神のかたちは、歴史が経過し、時間が経つにつれて、その大部分を損傷してしまったが、まだ残されている。
さて、アダムの場合はともかく、私達の場合は、この肉の命にいつ霊の命が宿ったのかは、微妙な問題である。それは、私達が神の道を選択し、バプテスマを受けた時か、個人的にキリストと出会い、悔い改めた時か、あるいはまた別に何かの時なのか、私には分からない。
何れにせよ、今主にある者はある時点で、キリストの霊を受け、回心し、悔い改め、罪赦され、新生した者となったのです。
私達もやがて永遠の眠りに就くが、『「アッバ、父よ」』(ローマ8:15)と呼ばせるキリストの霊が、心に宿っているいるから、神の前に尊い存在であるのだ。私達がやがて永遠の眠りに就く時、イエスの贖罪の中にあって、イエスと同じ様に『「父よ、わたしの霊を御手にゆだねます。」』(ルカ23:46)と言って、安心して、次の復活の目覚めの時が来るまで、安らかな気持ちで眠りに就けたら、こんな幸せはない。
死は一瞬のことであり、何年、何十年、何百年たとうが、死の眠りは無意識であり、本人にとっては一瞬に過ぎない。死んだかなと思った次の瞬間は、世の終わりの時にイエスが空から再臨される光景の中で、呼び覚まされる。その時、栄光の身体と、永遠の命が与えられて、多くの聖徒らと共に、よみがえらされる瞬間が訪れる。これらのことが瞬時に実現することを信じているので、私達にとっての死は、ある意味そんなに悲しいことではなく、希望の始まりです。 『主の聖徒の死はそのみ前において尊い。』(詩篇116:15口語訳)と書いてあります。 主にあり続けた信者の死は、神の前に尊いのです。死による肉親との離別は生きて残されている者にとって、寂しく悲しいことは事実ですが、信仰の眼をもって見れば、次の瞬間はイエスにお会いすることになるのであるから、この意味でめでたい事なのです。
『けれども、肉において生き続ければ、実り多い働きができ、どちらを選ぶべきか、わたしには分かりません。この二つのことの間で、板挟みの状態です。一方では、この世を去って、キリストと共にいたいと熱望しており、この方がはるかに望ましい。』 (ピリピ1:22~23)
あの死の直前に赦された、十字架の右側につけられた、悔い改めた人のように『「イエスよ、あなたが御国の権威をもっておいでになる時には、わたしを思い出してください」。』(ルカ23:42口語訳)と言って、私達もいつかは一度は必ず来る、最後の眠りに就こうではないか。
ある意味人生の最後の瞬間に『わたしを思い出してください』 と告白出来ることが、人生のすべてであり、唯一の永遠の命につながる合言葉であり、私達が生まれてきた理由とも言えます。
過ぎ越しの祭りの安息日は特別な安息日であった。先の章でも考察したが、私はこの日は紀元31年4月6日金曜日であったと推測する。様々な説があり、確定的とは言えないが。
夕方からは過ぎ越しの祭りの安息日が始まろうとしていた。そこでユダヤ人達は、十字架に遺体を残しておけないので、イエスの遺体を引き降ろすことにした。また、まだ生きていた二人の強盗の足をローマ兵が折り、絶命させた。しかし、イエスはすでに死んでいたから、足を折ることはしなかった。本当に死んだか、確かめるために、イエスを十字架から取り下ろす前に、ある一人の兵士がイエスの脇腹を、槍で突くと、そこから血と水が流れ出た。
これは興味深い現象で、あまりの精神的苦痛の中で、イエスの血が体内で血漿とリンパ液に分離してしまったことが原因として考えられます。医学的なことは良く分からないが、ある非常に大きな精神的苦痛を伴う病の中に、このように体内で血液が血漿とリンパ液に分離してしまうような症状があると聞きます。
足を折られなかったのは『これらのことが起こったのは、「その骨は一つも砕かれない」という聖書の言葉が実現するためであった。 』(ヨハネ19:36)、『骨の一本も損なわれることのないように彼を守ってくださる。』(詩篇34:21)と書いてあるとおりであった。
また『聖書の別の所に、「彼らは、自分たちの突き刺した者を見る」とも書いてある。』(ヨハネ19:37)、『彼らは、彼ら自らが刺し貫いた者であるわたしを見つめ、独り子を失ったように嘆き、初子の死を悲しむように悲しむ。』(ゼカリヤ12:10) と書いてあるとおりであった。
その後サンヒドリン議会の議員の一人であり、ユダヤ人を恐れて、イエスを信じていることを隠していたアリマタヤのヨセフが、勇気を出して、ピラトにイエスの遺体の引き取り方を願い出て許可され、十字架からイエスの遺体を取り降ろした。そしてまだ未使用のゴルゴタの丘の近くにある、岩をくりぬいて作ってあった墓に、遺体を亜麻布で包んで葬った。 かつてイエスのところに、夜お忍びで、教えを乞いに来た議員のニコデモも、約30㎏位の没薬と沈香を混ぜた物を持ってきて、遺体に供えイエスの葬りを手伝った。その後、墓の入口には大きな岩を転がして蓋をしておいた。
さて、ヨハネによる福音書は主に、人物を中心に書かれていることが分かります。最初にバプテスマのヨハネを描き、次に弟子達の召し、カナの婚礼での奇跡、5千人を養われたパンの奇跡等の話を織り交ぜながら、基本的には人物を中心に話が展開されて行きます。
ニコデモの訪問、スカルの井戸辺の女との会話、べテスダの池での38年も病に伏せっていた人の癒し、生まれつきの盲人の癒し、ラザロの復活、過ぎ越しの食事、その場での告別説教、ユダの裏切り、十字架の描写を挟み、復活後に墓のそばでのマグダラのマリアとの感動的な再会、ガリラヤ湖畔でのペテロの再召命等、人物が各章の中心テーマとして現れる傾向があります。ここにヨハネの意図的な編集方針を私は強く感じます。
それは何のためであったか。言うまでもなく、それは私達をして、イエスを救い主として信じさせるためであり、そのためにヨハネが書いてきたこれらの物語が、真実を言っているのだとヨハネ自身が保証しているのです。ヨハネが虚偽を言うような人物でないことは、その正直な人柄からハッキリしています。もし十字架の物語を含め、各章にわたって書かれてきた、物語の主人公達が、ヨハネの頭の中に浮かんだ、ありもしない、作られた、歴史的にも存在しない人達であったなら、私達にこれほどのリアルさと感動を与えなかったことでしょう。
それらの物語は、実際に登場した人物が、イエスにどのようなきっかけで出会い、人生が変えられて行ったかをリアルに描写しているので、私達の心に感動を与えるのです。決してヨハネが頭の中で作り出した小説ではないのです。また私達もその一人一人の異なった人生において、キリストと出会い、救われ、キリストに生かされた真実の物語を語り伝えることが出来るのです。人生はそのためにあるのだと言っても過言ではありません。私の体験したキリスト、あなたの体験したキリストを証しするように召されているのです。
聖書、特にヨハネによる福音書を読んで行くとき、これらの記事は、ただヨハネ自身がイエスのそばにいて、目撃したことをありのままに書いたと受け取る方が、正しい御言葉に対する態度であると私は思います。
『それを目撃した者が証ししており、その証しは真実である。その者は、あなたがたにも信じさせるために、自分が真実を語っていることを知っている。 』(ヨハネ19:35)
《参考》
イスラエル・ユダヤ情報バンク:ユダヤ教 ユダヤのお祭り
https://myrtos.co.jp> info > judaism03
■新月「ローシュ・ホデッシュ」
昔は、ユダヤ人は月の満ち欠けで月の日にちを数えていました。つまり、太陰暦に従って暮らしていたわけです。古代においては新月を実際、肉眼で観測して、その日を新しい月の1日と定めました。(ユダヤ人の1日は、日没から始まることを思い出して下さい)
モーセの律法は新月を祭日とは規定していませんが、祭日と並ぶ特別な日として、その日に犠牲を捧げるとき角笛(ショファール)を吹き鳴らせと命じています(民数記10:10)。
また、預言者の言葉を読むと、古代の人が新月を安息日と同様に重んじていたことがわかります。例えば、イザヤ書の1:13-14など。アモス書の8:5を見ると、安息日と同じように仕事を休んでいたことが推測できます。
神殿が無くなってからも、新月には特別の祈りをする習慣が残っていました。現在では、熱心な宗教家以外は特別の日だという意識はないようです。この日は、休日ではありません。
神の天地創造に対する私の考え方。(ホーム | 聖書が教える救いとは何かhttps://ktanaka33014.wixsite.com/websiteのブログ①5,進化論と創造論参照
↑アドレスをクリック右上端 ≡印メニューをクリック 下にずらしてブログをクリック 七つあるサイトの一番下①を開いていただき、さらにかなり下にスクロール5,進化論と創造論全文に私の考え方が書かれています)
【その一部を掲載】さて創世記の創造物語を私なりに、勝手に解釈させていただくと、以下のようになる。 『初めに、神は天地を創造された。地は混沌であって、闇が深淵の面にあり、神の霊が水の面を動いていた。神は言われた。「光あれ。」こうして、光があった。』(創世記1:1~3)
神の地球、生命創造は無からではなく、何かの材料があたように思われる。それは地が今のような状態に出来る前の、材料になったガス状の物質かもしれない。混沌、カオス的なものがあり、どろどろとしたものか、また、水のような材料があった(太古の海水か?)。しかも神の霊が、水の面を動いていたとあるので、何らかの変動があたと考えられる。
要するに神は地球上の材料を使って地球の面を整え、生命を造り、人間を造った。(土から作られた‒ヘブライ語で原語アダマは土、アダムは人)
「光あれ。」太陽をその時造ったのではなくて、闇に覆われていた混沌から、大気が分離し、昼と夜が創られた。
『神は光を見て、良しとされた。神は光と闇を分け、光を昼と呼び、闇を夜と呼ばれた。夕べがあり、朝があった。第一の日である。』(創世記1:4,5)
太陽が見えて、光が射し込むようになった。闇が淵の面を覆っていたが、大気が生じることによって、地表に日光が射し込んで来たと考える。先に述べたように地球上の最も古い岩石は、5から6億年前の物であるから、それらの材料を使って、地球上を生命と、生命が生きれる環境を整備したと考えるならば、生命体の周りから、どんな古い岩石が見つかっても、矛盾はない。
化石の年代は化石そのものから測定することはできない。化石のそばにあった岩石から年代を測定する。化石のそばに、たまたま古い岩石があればその化石の年代になってしまう。化石そのものをC-14を使用して年代測定ができるのは、せいぜい正確には4,000年前位なもので、何億年と言うような単位ではC-14では、測定はできない。
もし神が、地球を材料を使って、表面を整備したと考えるなら、化石のそばからどんな古い岩石が出てきても矛盾はない。化石の見つかった近くの岩石の年代を測る、イコール化石そのものの年代とはならない。
神の創造は、そんな、何億年も前ではなく、せいぜい数千年単位の、万とまではいかない比較的若い年代に起きたと、ファンダメンタリストは考える。
地層の問題も、同様に考えることが出来る。 たまたまある地層から、何億年前の古い岩石が出たとする。するとこの地層は何億年前の地層となる。しかし岩石そのものがどんなに古くても、神はその材料を使って比較的若い年代に、地上を整備したとしたら、地層から古い岩石が、神がご使用になった材料として、出てきても、何の問題もない。
何でこんなことを言い出しているかと言うと、ファンダメンタリストたちは、地層も大変動があった時代に、一気に作られたと考えるからだ。地層はもっと比較的短時間の間に形作られたのではないだろうか。
フランスのサン・エチネにある地層で、何本もの化石化した木の幹が直立して、何層にも地層を貫いているところがあり、この考え方の証拠と言われる。その写真も公開されているので、ぜひ調べて確認してみてください。
【参 考】 https://yoshida-s-i.life.coocan.jp/custom6.html
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フランスのサンエチネの近くにある地層で、何本もの化石化した木の幹が直立して何層にも 貫いてところがあります。地層ができるのに何万年とかかるのなら、この直立した木の化石をど う説明したらよいのでしょうか。