ヨハネによる福音書21章

    ヨハネによる福音書21章

 思えば1年2ヶ月に亘って、ヨハネによる福音書の自己流解釈をやってきた。自分の霊性を保つためと、私の文章が、信者未信者を問わず、聖書を理解する一助にでもなったら、と言うのがその動機です。しかし学べば学ぶほど、自分の聖書に対する知識のなさ、ユダヤの習慣、祭り等に対する理解のなさが、曝け出されることになり、誠にお恥ずかしい限りです。

 さらに、この拙い文章を、忙しい中にも、時間を割いて喜んで読んでくれる友がいたからこそ、続けることが出来たと感じています。自分を理解してくれる人がこの世に一人でも居てくれるだけで、大変な励ましです。  

 いよいよ最後の章に来たが、ここでの中心テーマは弟子達の3回目となる復活されたイエスとのガリラヤ湖畔での出会いです。特にその中でペテロとイエスとの会話が印象深く私達の心に迫って来ます。その会話が行われるきっかけとなった出来事は、弟子達がマグダラのマリヤに託されたイエスの伝言に従ってイエスに会いに故郷ガリラヤへ帰って来たところ、ペテロが唐突にも3年半ぶりに漁をしようと言い出したことから始まります。

 『 シモン・ペテロは彼らに「わたしは漁に行くのだ」と言うと、彼らは「わたしたちも一緒に行こう」と言った。......』(ヨハネ21:3口語訳) ペテロは親から続く漁師であった。3年半前、イエスが宣教を始めた時、漁師をやめて、兄弟アンデレと一緒にイエスの弟子となり、父と舟を置いてイエスに従った(マタイ4:18~22参照)。

 また、ゼベダイの子ヤコブとその兄弟ヨハネは、同じ漁師仲間だったが、その時に弟子に加わった。

 またルカによる福音書には、イエスがガリラヤ湖畔で伝道を始めた時、たまたま2艘の小舟が岸に寄せてあるのをご覧になり、そのうちのペテロの舟に乗って、岸から少し漕ぎ出させ、湖の上から、ついてきた岸辺にいる群衆に話をなさったとある。ここで過去に遡り、単純で素朴な漁師達が最初にイエスの弟子となった時の状況を振り返って見よう。

 イエスは大勢の群衆に対して話しが終わり、沖に舟を出させ、漁をするようにペテロにお命じになりました。ペテロは漁はいつも夜にしていたので大変いぶかりました。日中は漁をしても魚はほとんど獲れないことを、経験で知っていたからです。ましてその日は一晩中漁をしましたが、何も獲れなかったのです。

 でも、この偉い先生が今からもう一度漁をせよと言うのだから、やって見ようとペテロは考えました。その結果おびただしい量の魚が網に入りました。一艘の小舟では到底引き上げられない程の量だったので、近くにいた、ヤコブと、ヨハネの舟も呼んで、加勢に来てもらい、網を引き揚げたところ、両方の舟に魚が一杯になり、舟が沈みそうになりました。

 ペテロはその時、イエスはただの偉い先生ではない、神の子である事を直感的に感じ取り、思わずイエスの膝元にひれ伏して、イエスを拝し、自分の罪深さを自覚し、『......「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者です」。』(ルカ5:8口語訳)と言いました。ペテロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネはイエスから人間を獲る漁師になれと言われ、舟を岸辺にあげて、一切を捨てて、イエスに従ったのでした。

 それから3年半、イエスと共にペテロはいつも一緒に行動し、イエスの教えを聞き、罪の赦しの福音を聞き、病人が癒され、奇跡が行われるのを何度も見てきました。十字架と復活も目の当たりにしていました。エルサレムで復活後のイエスに2度お会いした後、ガリラヤに帰ったペテロは突然言い出したのです。

 『 シモン・ペテロは彼らに「わたしは漁に行くのだ」と言うと、彼らは「わたしたちも一緒に行こう」と言った。......』(ヨハネ21:3口語訳)いったい、これはどういうことなのでしょうか?一度網も、舟も捨て、イエスに付き従い、人間を獲る漁師になった、すなわち伝道者になったはずのペテロがもう一度、漁師に戻って、網も舟も取り戻して、言わば、世俗の生活に戻ろうとしたのです。

 ペテロはエルサレムで十字架刑の直前の夜、囚われの身となったイエスの後に、大祭司カヤパの庭までついて行き、そこで3度イエスを知らないと言って裏切ってしまいました。その後エルサレムでは2度もイエスが復活してお現れになり、そこにはペテロもいました。イエスは12使徒の一人トマスには、ご自分の身体に触れるようにお話になり、『...信じない者ではなく、信じる者になりなさい。」』(ヨハネ20:27)とまで強くご自分を証なさいました。

 復活後、初めて弟子にお会いになった際には『...「聖霊を受けなさい。』(ヨハネ20:22)とおっしゃり、弟子たちに息を吹きかけになりました。しかし、聖書の記述を見ますと、この2度、復活後イエスがお姿をお現わしになった時、イエスとペテロが何らかの会話をなさったという事は書かれていません。イエスとペテロの間、心の中では赦し合っていたでしょうけれども、ペテロが3度イエスを裏切った行為の清算は、まだハッキリとはなされていなかったのです。

 復活後、すぐマグダラのマリアにイエスは不思議なことをおしゃいました。故郷ガリラヤに行くように弟子たちに言いなさい、そこで再びなたがたと会うと。(マタイ28:10,マルコ16:7参照) エルサレムとガリラヤ湖ではかなり距離があります(約120㎞)これは東京から沼津までの距離くらいです、歩いて行くとかなりあります。

 イエスはエルサレムで、ご自身が復活した週の初めの日の夕方と、さらに8日後と2度弟子たちに会っているのですから(ヨハネ20:19,26参照)エルサレムで会い続ければ良いのに、何故3度目の再会はガリラヤの地を選ばれたのでしょう。

 最後の弟子たちとのお別れは、エルサレム近くのオリーブ山でした。又エルサレムに来て、再び40日の間多くの人々にお会いになりオリーブ山のべタニヤ辺り(ルカ24:50参照)からイエスは弟子たちの見ている前で、昇天なさいました。ペンテコステの日に聖霊の降下があったのもエルサレムでした。復活後のイエスのお現われになった中心はエルサレムでした。では何故、歩いて3日もかかるガリラヤの地に弟子たちを一度お戻しになったのでしょうか?

 そこには深い神の御心があったのです。ガリラヤ湖畔は最初にイエスがペテロ、アンデレ、ヤコブ、ヨハネと出会った場所でした。世俗の漁師と言う仕事から、聖なる伝道者と言う仕事に、最初に召し出したところだったのです。

 イエスが十字架刑につく前後、エルサレムでは色々なことがありました。ペテロだけではなく、結局、弟子たちは、皆イエスを見捨てて逃げ去ったのです(マタイ26:56参照)。ですからペテロだけがイエスを知らないと言って、激しく誓ったり、呪ったりして、(マタイ26:69~75参照)イエスを顕著な形で裏切りましたが、他の弟子たちも逃げ出したという点については、五十歩百歩のところがあったのです。ガリラヤへ帰って、最初の召命の所へ戻って、もう一度やり直す必要があったのです。伝道を開始した、原点へ戻って再召命する必要があったのです。弟子達がもう一度伝道者として再出発するために、敢えてイエスは最初の召命地であるガリラヤを選ばれたのです。

 さて、エルサレムから下って、3日間旅をして、ガリラヤ湖に帰って来ると、ペテロたちはどこに泊ったのでしょうか?懐かしい故郷へ帰ったのですから、当然家もあり、父も母も住んでいる、わが家へ帰って来たことでしょう。ペテロには奥さんがいたこともわかっています(コリント第一9:5参照)。故郷へ帰って来れば、懐かしい、自分が使っていた舟もあれば、網もある。歳を取った父親が、細々と漁をしながら家族を養っている。久しぶりに会った妻もいる、きっとそんな場所に帰って来たに違いありません。

 突然ペテロは言い出します。もう一度漁に出て魚を取って見よう。ペテロは弟子の中でリーダー的存在でしたから、他の弟子達も、私達も一緒に行って漁をしましょうと言い出しました。特に、ヨハネ、ヤコブはもともとペテロの漁師仲間でした。ガリラヤへ帰っては来たが、まだイエスとはお会いしてない。エルサレムで二週にわたり2度ほど、復活後のイエスにお会いしたものの、実際イエスは今ここにまだお現れになっていない。

 結局のところ、人間は、生活のため働かなければならないし、いつまでも歳をとった両親に面倒をかけるわけにもいかない。この漁村でぶらぶらしているわけにもいかない。そうだもう一度漁師に戻って、魚を獲って暮らそう。ペテロはそんな風に思ったのかも知れません。一度イエスの弟子になろうと決心し、世の中の仕事、父、舟、網、生活の道具一切を捨ててイエスに従った者が(ルカ5:11、マタイ4:22参照)また漁に出たのです。生活のためとは言え、この世の仕事に帰ってしまったのです。

 しかしイエスは再び弟子達を人間を獲る漁師にしようと計画しておいでになりました。彼らの再献身を考えておられたのです。それは最初の献身の場面をもう一度繰り返すことが、最も彼らのために良いとお考えになったのでしょう。最初から、その計画で、ガリラヤで弟子に会うと伝えなさいとマグダラのマリアに伝言なさったのです。(マタイ28:10,マルコ16:7参照)

 ペテロたちは漁には出ましたが、夜通し働いても魚は一匹も獲れなかったのです。あの、3年半前の夜漁に出た時と、同じ状況です。あの時も、夜通し働いても魚一匹獲れなかったのです。ペテロはあの日の出来事を、『......「主よ、わたしから離れてください。わたしは罪深い者です」。』(ルカ5:8口語訳)と言った事を、まるで昨日のように思い起こしながら、漁を一晩中続けていたのでしょう。

 虚しい、成果が得られない漁を、一晩中続けていたら、早、夜が明けて来ました。気が付けば、朝もやの中にはっきりとは見えませんが、岸辺に誰か立っているではありませんか。その時舟は、岸から200 ぺキスしか離れていませんでした。1ぺキス45㎝ですから90mしか離れていません。でも弟子たちにはそれが誰か、最初は分かりませんでした。その人が舟の右側に、網をうってごらんなさいと言われるのでその通りしたところ、大きな魚が153匹も網にかかったのです。そう、三年半前のあの時と同じ奇跡ではありませんか。

 その時、同じ船に乗って漁をしていた弟子のヨハネがペテロに向かって、『...「あれは主だ」...』(ヨハネ21:7口語訳)と言いました。ガリラヤ湖周辺は、暖かな気候で、五月頃でも、昼間は最高気温35℃ほどあります。上半身裸で漁をしていたペテロは、上着をまとって、 ザブーンと湖に飛び込んで、90m、イエスの所まで泳いで行きました。健康なペテロにとってはわけもないことなのでした。 舟が、重い大量の魚を網にかけたまま、網が重くて舟の上に引き上げられないので、そのまま岸まで漕いで寄せるのを、熱血漢のペテロは待っていられなかったのです。

 ペテロが岸に着いて、ビショビショに濡れた姿で、イエスにお目にかかった時、何てイエスは声をかけたのでしょう。この場面では最初にイエスにお目にかかったのはペテロです。聖書に書いてはありませんが、泳いで自分の所に、真っ先にやって来た、ずぶ濡れのペテロを見て、イエスはなんとおっしゃったのでしょう。その愛する、荒削りの弟子を見て、イエスはなんと思われたのでしょうか。

 ペテロ、そのままでは風邪ひいちゃうぞ、ここに火が焚いてある、濡れた衣服を脱いで、乾かし、体を温めなさいとおしゃったのではないでしょうか。これは私の想像です。この場面で、何かペテロとイエスの間に、会話があったはずです。舟が魚でパンパンになった網を、引き上げることが出来ないで、水の中に入れたまま岸辺に来るまで、かなり時間がかかったと思いますので、舟が岸に着く間、イエスとペテロが会話せず黙ったままであったとは考えにくいのです。

 さて岸には、炭火が焚いてあり、魚も何匹かすでに火の上で焼かれており、パンも用意されてました。弟子たちはその時は、ペテロも入れて7人いました。魚が足りないので、今獲れた魚から、何匹か持って来なさいとイエスは言われました。また描写から、イエス自らが、パンを裂いて、弟子たちに渡したような感じです。(ヨハネ21:10~14参照)

 朝の食事が終わると、イエスはおもむろに切り出しました。ペテロに向かい、この人たちがわたしを愛する以上にあなたは私を愛するかと。3回も聞くので、ペテロは悲しみに満たされ、私がどれほどあなたを愛しているかは、人の心を見通しになる、神の子であるあなたが一番知っているのではないでしょうか、と言いました。そこにはあの出しゃばりペテロはもういませんでした。主が全てを御存知で、自分がどんなに主を愛しているかも、御存知であると、謙虚に思っていました。イエスはペテロに3度私の羊を飼えと命じ、私に従いなさいと2度言いました。(ヨハネ21:15~22参照)

 十字架にイエスがかかる前、兵士達に捕えられた時、ペテロは主を知らないと、鶏が2度鳴く前に、3度言ってしまいました(ルカ22:61,62参照)。そのことをほかの弟子たちも知っていましたので、弟子たちの前で、敢えて3度、自分を愛しているか、念を押され、ペテロの罪を清算し、弟子たちの前で、ペテロの名誉を回復なさったのです。それはペテロに対するイエスの思いやりから出た言葉なのです。私の羊を飼えとイエスから3度も直に言われたのはペテロだけです。そしてペテロは、当時の教会の指導者となって行ったのです。

 ペテロだけではありません、誰しも、信仰の過程で、主を裏切るようなことをした経験はあるものです。ペテロは心ならずもそのことをしてしまった時、大祭司の庭から外へ出て、激しく泣いて(ルカ22:62参照)心から悔い改めました。イエスはこの事が起こる事を予知して、事件が起きる前に『しかし、わたしはあなたのために、信仰が無くならないように祈っ......』(ルカ22:32)ておられました。

 私達も、バプテスマを受け、一度はこの世を捨てて、クリスチャンになって、天国への道を、まっしぐらに歩もうと決心しました。ところが、やがて時がたつにつれて、信仰が薄らいできて、この世に帰ってしまう危険性があります。多くの同信の兄弟姉妹が、いつの間にか教会を去り、姿が見えなくなっている、悲しい現実があります。

 私達も、この世の楽しみ、又肉の生活の忙しさに負けて、祈りはおろそかになり、聖書を読む機会も減り、全てこの世の思考と、自分の肉の力のみによる努力によって、段々神に頼らなくてもやって行けると思い込むようになり、神から離れて行くことがあるのではないでしょうか。

 自分の知恵と力で行動し、自分がそれなりに、世間一般の常識から見れば正しい人間だと思い込み、いつか、神抜きで人生をやって行ける、神に頼らなくても生きて行けるとなってしまうのです。神の存在が自分の人生を好きにやって行くことの邪魔になってしまうのです。私はこれが人間の、また私たち自身の最大の罪だと思います。(自律の罪と私は個人的に名前を付けている)『もちろん、独りで何かできるなどと思う資格が、自分にあるということではありません。......』(コリント第二3:5)自律して生きて行くことは人間存在の基本的要求であり、大事な事です。人に迷惑をかけず、自ら一生懸命働き、日々の糧を稼ぎ、誰しも生きて行かねばなりません。しかしそれは神の存在を認め、神に頼って生きて行くことと相反することではありません。神に頼り、自分の力に頼らず、総てを御名の栄光に帰すならば、さらに良い人生を送れます。私はそう信じております。

 私の理想はいつも御霊を求め、生活の中にいつもイエスを意識し、聖霊の臨在を感じながら生きて行くこと。全く自分の力を当てにせず、全てを神に頼り、委ね任せて生きて行くこと。そんな生き方が私の理想です。『......よみがえったイエス・キリストを、いつも思っていなさい。これがわたしの福音である。』(テモテ第二2:8口語訳)

 人生に神を入れる余地のない生き方ほど、神から離れた生き方はありません。実際恐ろしいことに、人間は神無しでもやって行く事が出来るのです。本当に幸せかどうかは分かりませんが、多くの日本人が、無宗教で、それなりに生きて行っているのを私達はそこ、ここに見ることが出来ます。自分の知恵や、才能、今までに受けた教育、財産等、ただの人間的な努力だけで生きて行けるのです。神無しの生き方をも神はお許しになるのです。信仰は自由です、神はどんな生き方もお許しになるし、どんな人にも信仰を強制はなさいません。

 ただ寂しいですね、そんな生き方には聖霊の満たしの内的な喜びも、イエスの十字架の贖いによって救われ、罪赦された賛美も、感謝も、永遠の命の希望もないのです。あるのは、自分は、自分の力で立派に、正しく生きてきたと言う自負心と自己満足だけです。

 それは自分の力で作物を生産し、その野菜や果物、穀物等の収穫物を、自分の手柄として神に捧げようとし、神から拒絶された、まさにカインの生き方に似ています。カインは、弟アベルのように、自分の弱さ、罪深さ、霊的な不足を感じ、自分の身代わりに死んでくれた小羊の犠牲を、燔祭として、神に捧げようとはしませんでした(創世記4:1~5参照)。つまり贖罪の必要性を認めようとはしなかったのです。

 罪の本質と言うのは、創世記の最初から同じなのです。神が準備なさった犠牲の小羊を受け入れず、自分の贖いの必要性を認めず、自分の努力と能力に頼って、自分でこしらえた人生と言う穀物を、神に捧げようとすることです。つまり自己を義とし、自己を神とすることなのです。

 一度主を信じたものが、世俗に戻ってしまう。良く目にする光景です。あってはならないのですが、残念ながらすぐ身近で起きている出来事です。再び教会に、イエスのもとに、戻って来る人もいます、そういう人は本当に幸せな人です。

 あの放蕩息子の喩えのように、父なる神は、放蕩に出て世俗にまみれてしまった息子を、いつもあの懐かしい、家の農場の入り口に立って(農場の入り口、そこは天国でしょうか、それとも教会でしょうか?)今日帰って来るのか、明日帰って来るのかと、息子が帰るのを待ち詫びているのです。教会も長期にお休みになている方が帰って来るのは大歓迎なのですが、本人はもう、教会の皆様に合わせる顔がない、などと思って、中々戻ってこないのです。

 ヘブル書には、こんな厳しい言葉も書かれています。光の道を歩み聖霊を受けた者が、この世の中に帰ってしまって、世俗の人々と同じになってしまったら、もう一度イエスのもとに帰る事が出来るだろうか(へブル6:4~6参照)。しかしこうは言うものの(へブル6:9口語訳参照)もっと恵まれたこと、救いにかかわるもっと良いことが起きる可能性をその後に続けています。神は愛であるから、かつて、イエスの御名を愛し、信じ、献身したことをお忘れになるような方ではないのです。一度イエスから離れ、この世を選択してしまっても、もう一度イエスのところに戻るのは、決して不可能なことではないのです。

 ペテロの厳しい言葉もあります。『...「犬は、自分の吐いた物のところへ戻って来る。」......』(ペテロ第二2:20~22参照)

 私達が捨てた世俗にも言う一度帰るとすれば、それは犬が自分が吐いた物のところへもう一度戻って来るのと同じだよ、あるいは、豚が飼い主がきれいに洗ってやっても、また泥んこの中に、転がって、体をを汚して泥だらけになってしまうのと同じだよ、気をつけなさい、と諭しているのでしょう。確かに、キリストに再び帰ることには厳しい面がある事は認めざるを得ません。しかしそれは私達に対する警告のために書かれたのであって、しっかり信仰に立つようにとの励ましの意味で書かれたと理解すれば良いのではないでしょうか。『こういうわけだから、わたしたちは聞かされていることを、いっそう強く心に留めねばならない。そうでないと、おし流されてしまう。』(へブル2:1口語訳)

 弟子たちの中で、パウロと一緒に働き人ととして献身するようになった人々の中にも、そんな人もいました。『デマスはこの世を愛し、わたしを見捨てて、テサロニケに行ってしまい、.........。ルカだけがわたしのところにいます。......』(テモテ第二4:10,11) テモテ第二の手紙はパウロが書いた最後の手紙と言われています。この中にデマスと言う同労者がこの世に帰ってしまった悲しい出来事が記録されています。パウロはローマにおり、囚人の身でした。迫害にあったり、ライオンに食べられそうになったり(テモテ第二4:17参照)、困難な目にあっている時、デマスはこの世の方が楽だからと、主の道を捨て、師匠パウロや仲間たちを見捨てて、テサロニケへ帰って行ってしまったのです。

 聖書の中には様々な信仰の道を踏み外した人々が出て来ます。銀貨30枚で、主を裏切ったユダはあまりにも有名です。また、虚栄のために、全財産を処分したと偽って捧げ、一部を自分の物として取っておいた、アナニヤとサッピラ夫妻がいました。彼らはぺテロの見ている前で心臓が止まってしまいました。旧約聖書にも、コラの子らと言って、指導者モーセに逆らい、反逆した人々がいました。彼らは悔い改めなかったので、イスラエルの人々が見ている目の前で大地が裂けて飲み込まれてしまったのです(民数記16:31~33口語訳参照)。

 誰でも失敗はするものです、そんな時どのようにして主に帰れば良いのでしょうか。失敗してしまった時、救いはどこにあるのか!キリストを離れて救いはないのです。失敗ばかりしてしまう自分を見て自己嫌悪に陥ることもあるでしょう。しかし自分の側を、どんなにクヨクヨして失敗の反省をし、自己分析したって救いはないのです。ただイエスの十字架を見上げるだけなのです。

 『地の果なるもろもろの人よ、わたしを仰ぎのぞめ、そうすれば救われる。わたしは神であって、ほかに神はないからだ。』(イザヤ45:22)

 私達の救いの為に命を捨てて下さる神など、地上に他にはいません。ただ唯一キリストがそれをなさったのです。キリストとの個人的な関係の中に、いつもイエスのところに帰れる秘訣があるのです。心ならずも罪を犯してしまった時、再び十字架の上でキリストは、私達のために釘打たれ、傷ついているのです。

 ペテロが裏切った時、主は振り返りペテロを、慈愛に満ちた、優しい赦しの眼差しで見つめられました。その赦しと、慈愛に満ちたイエスの眼差しに触れた時、ペテロは激しく泣いて、自分のしたことを悔い改めたのでした(ルカ22:61,62参照)。

 主は私の為に再び、傷つき、泣いて下さっている。再び私の為に十字架にかかり血を流されている。そこが私達が霊的に、もう一度生き返るために帰る場所なのです。罪を犯して、イエスから離れて行ったら何にもなりません。その時こそ、イエスに帰る事しかないのです。私達が常に戻るところはイエスの十字架しかないのです。

 

 『はっきり言っておく。あなたは、若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行っていた。しかし、年をとると、両手を伸ばして、他の人に帯を締められ、行きたくないところへ連れて行かれる。」ペトロがどのような死に方で、神の栄光を現すようになるかを示そうとして、イエスはこう言われたのです。このように話してから、ペトロに、「わたしに従いなさい」と言われた。』(ヨハネ20:18~19)

 キリストに従って行くとき、究極的には何が起きるだろうか。物質的にも恵まれ、財産が増し加わり、健康も祝福され、幸せで長生きが出来るのだろうか。そうありたい、私は心からそのようになって生きたいと希望する。実際にこの世的にも祝福され、幸せな家庭生活を送り、平安な生涯を送ることが出来ているクリスチャンの方々も多くおられるし、愛の神はそのことも、お許しになっておられる。この世での幸せを頭から否定するようなことは出来ないし、それは神の御心ではないだろう。

 しかし、ペテロの場合はどうだったのだろう。ヨハネの場合はどうだったのだろう。

 イエスが予知(予定?)されていた人生があります。人間は自由意思によって、自分の人生の進む道を選択し、職業を選択し、収入を得てこの世で食べ、飲み、楽しみ、笑い、悲しみ、与えられた、過ぎ去ればあまりにも短く、しかも慌ただしく、僅かな人生と言う時間を過ごして行く。これは神のお定めになったことで、生きて行くことそのものは良いことです。『若いときは、自分で帯を締めて、行きたいところへ行』って良いのです。ペテロもそうだったし、私達もそのようにしてきました。自分の望みをかなえようとして、人生設計をし、学業に励み、この世で生きるスキルを身に着け、結婚し、生活の糧を稼ぎ、たまにはレジャー等を楽しんできたのです。そのこと自体は、別に悪いことではない。それぞれの場面を振り返れば、自分の短い人生の一部であったのです。神はそれらのことも許しておられました。

 しかし、今になって、歳をとって来て考えると、人生それだけで良いはずはないのです。ただ私の肉の力で『自分で帯を締めて、行きたいところへ行』くだけが人生ではない。神が私達の為に、永遠の世界を計画し、そこに入らせるために、身をかがめ、へりくだって、人生の躙り口から入ることが必要なのです。躙り口‐草庵茶室に設けた客の出入り口。高さ2尺2寸(約67cm)、幅2尺1寸(約64cm)が標準。開口部が小さく、客はにじって(正座のまま少しずつ膝をつかって進むこと)入る。イエスに従っていくならば、いつか必ず、自分の肉の欲望、生き方を、この世と共に十字架につけることを求められるのです。『この十字架によって、世はわたしに対し、わたしは世に対してはりつけにされているのです。』(ガラテヤ6:14) 『キリスト・イエスのものとなった人たちは、肉を欲情や欲望もろとも十字架につけてしまったのです。』(同5:24) 茶室に入るにはただ肉体をかがめればよいが、天国の入り口の、狭き門は、十字架と言う空極の遜りを要求されるのです。心底から悔い改め、心を神の前に砕かれなければ、躙り口から入ることが出来ない。


 一人ひとりの人生の結果を神は最初からご存知です。私達が自由意思よって選んだ人生のその結果もまた最初から神はご存知なのです。ペテロの場合がそうでした。

 ペテロはイエスと同じ様に、最後は十字架に磔にされ殉教死したのです。言い伝えでは、イエスと同じ姿の死では余りにももったいないことなので、自ら申し出て、逆さに十字架にかけられて亡くなって行ったと言われています。

 ヨハネはどうだったのだろうか。イエスの母マリアを連れ、エペソに移り住んだヨハネは、後にパトモス島に幽閉され、そこで黙示録を書きました。釈放されてエペソに戻り、天寿を全うしたのです。その墓はエペソにあります。ヨハネの福音書を書いたのはパトモス島から釈放された後、老年に達してからで、弟子プロクロスが口述したと伝えられています。

 ペテロは自分の生涯が殉教で終わるとイエスによって預言された時、ヨハネがどうなるかが気になったようです。その時イエスは、信仰は個人ゝの問題だと言われたように思われる。冷たいようですがそうなのです。信仰は基本的にイエスと自分との関係が問われています。人がどうなるかは関係のないことです。私には私の信仰生涯が与えられており、あなたにはあなたの信仰生涯が与えられているのです。教会に所属することは大事な事ですが、救いは団体に所属するから自動的に救われると言うような安易なものではありません。個人と神との間で救いは個別的に決まって行くものなのです。ヨハネの信仰生涯が、どのようにイエスとの関係でどうなって行くかは、ペテロには関係のないことなのです。

 たとえヨハネが、死ぬことなく、永遠に生き続けたとしても、ペテロよお前の生涯は私が決めてある、あなたは私に従って来なさい。そして預言通り殉教して行くのだ。ヨハネ20:18~19のイエスの言葉はそんなニュアンスに受け取れます。それを聞いていた弟子達の間では、ヨハネは死なないのではないかと言う噂話が飛び交うことになったが、ヨハネはそのことについてはっきりそうではないと書いている。『しかし、イエスは、彼は死なないと言われたのではない。ただ、「わたしの来るときまで彼が生きていることを、わたしが望んだとしても、あなたに何の関係があるか」と言われたのである。』(ヨハネ21:23) イエスが再びこの世に来られるのは、再三再四のお約束です、このことに疑問を挟む余地はありません。たとえそれがどんなに遅くなろうともです。

 私は思う、最終的なキリスト教の生き方は何処にあるのだろうか、と。キリストとつながり、常に心の中にキリストを感じ、霊の満たしの中で生きること、それしかないのです。

 その目的は、『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』 (マタイ22:37~39)と、はっきりイエスが定義しています。

 そしてその隣人愛は、結局、友のために命を捨てるほど愛して行くことが求められます。

 『わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。』(ヨハネ15:12~13)

さらに、神の為にも、命を捨てるほど愛して行かなければならない。

 『自分の命を救いたいと思う者は、それを失うが、わたしのために命を失う者は、それを救うのである。』(ルカ9:24,マタイ16:25参照)。

 人それぞれにどんな環境にあっても、結局はこのような生き方をするように導かれて行くのではないか、そんな気がします。その形として現れるのが、ペテロのように、殉教であるか、ヨハネのように生涯をイエスを見上げながら、愛の本質を極めて行く生き方なのか、なのです。どちらも神がお許しになっておられるし、どちらの生き方も主の御心のままにと言うことです。

 

 『これらのことについて証しをし、それを書いたのは、この弟子である。わたしたちは、彼の証しが真実であることを知っている。イエスのなさったことは、このほかにも、まだたくさんある。わたしは思う。その一つ一つを書くならば、世界もその書かれた書物を収めきれないであろう。』(ヨハネ21:24~25)

 ヨハネが自分でヨハネによる福音書を書いたと証ししています。しかも、ここに書いてあることはイエスのなさったことのほんの一部であって、全部を書くとなると、この広い世界も、書かれた書物を収めきれないであろうと、少し大袈裟な表現でヨハネによる福音書を締め括っています。

 考えて見ればヨハネの言う通りであって、私達がイエスについて知ることができるのは、ほんの一部に過ぎない。私にとってイエス・キリストはどんな方であるか、これからも残りの生涯をかけて、極めて行きたいと思ってます。

© 2019 トムの旅日記、 東京都墨田区押上1丁目1−2 東京スカイツリー
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