2024/4/29(月)日記

2024年06月05日

2024/4/29(月)日記 那須塩原旅行第一日目 八王子から那須塩原へ

 何か月も前からメールのやり取りで打ち合わせし、沖縄Tに住む歯科医KN先生と、私2人で那須塩原旅行を計画した。沖縄からは、今日午前中にJALでKNさんが来る予定で、那須塩原駅で16時に待ち合わせの予定だ。八王子から私は車で那須塩原駅に余裕をもって迎えに行く計画であった。那須塩原に私の長男の家があり、嫁が民泊を開業している。当初はそこに今日から3泊の予定だったが、3泊目は那須にあるアメリカンスタイルの豪華な1棟貸しの民泊に、長男の招待で長男の家族と私達2人一緒に宿泊することになっている。とても楽しみで、何日も前から年甲斐もなく、ワクワクしていた。年金生活者である私はそんなに頻繁に旅行に行くことは出来ない。ちょうど1年前去年の5月2日沖縄に行って以来の旅行となった。

 さて4/29(月)に日付が変わった頃、午前零時過ぎに寝付いたのであるが、何と午前2時には目が覚めてしまった。もう少し寝なくては、いくら何でも体が持たないので、何とかもう少し寝ようと努力をしたが、どうしても眠れず、意を決して起きて出かけることにした。道中の車の運転の為、事故なく、途中眠くなることなく安全に行けるように、特別に膝まづいて熱心に祈り、家人を起こさないように、出来るだけ音を立てないように身支度を整え、車に荷物を積み込んで、午前3時頃、まだ闇夜の中、長男の家に向け出発した。

 無事故で、無事着けるように念のため、また車の中で祈って出発した。連休中とは言え、朝の3時である。さすがに交通量は少ない。しかし油断は禁物、いつ信号無視の車が無理して交差点に入って来るか分からない。八王子からしばらくの間国道16号線を川越方面に進んだ。約30分くらいで福生に来た。米軍横田基地のゲートが16号線沿いに見えた。もし昼間で混んでいると、ここまで1時間半くらい、八王子からはかかる。あまりにも16号線が空いていたので、このまま川越まで行こうかとフッと思ったが、無理せず、予定通り入間インターから圏央道に入った。午前4時頃だった。圏央道を鶴ヶ島、久喜白岡の順で通過した頃夜が明けた。夜明けは午前4時51分だった。久喜白岡を通過し、五霞インターで圏央道を下りる。そこは国道4号が交差しているので、4号線を新利根川橋方面に向かう。那須塩原の民泊は、4号線那須塩原にある。だから4号線を北に向かい、道なりに進むだけで着くことが出来る。4号線東北道を走っていてその整備された道の広さに驚いた。一般道と言うのに、ほとんど片側3車線道路がズーッと続いている。しかし、那須塩原近くになると道路はかなり狭くなり、1車線のところもあった。

 途中は快適であり、皆かなりのスピードで走っているので、都内で普通の道路は40キロ、広いところでも50キロ制限に慣れている私は、一般道なのに、多くの車が80キロものスピードで走っているのに戸惑った。自分は交通違反で一発免停だけは避けたかったので、ある程度スピードは抑えながら走った。さて、そんなわけで朝6時半ごろには、那須塩原に到着してしまった。そこで少し道に迷ったが、車を脇道に止め、グーグルナビに案内してもらい、無事に民泊に着いた。

 ところが、民泊の入り口左のガレージを見てみると、立派な黒い車が駐車しているではないか。まだ民泊にお客様がいたのだ。そのことはすぐ分かったので、長男の家には寄らず、静かに前を通り過ぎて、200㍍くらい行ったところに車を止め、グーグルで「すき家」と入力すると、「すき家」を発見、そこで朝食を食べた。こんなに朝早く起きることはめったにないので、すき家の駐車場で午前10時くらいまで寝る心づもりであった。天気は良く、朝の太陽が眩しかった。しかし少し風があり、那須塩原は結構冷えていた。長袖の上にジャンパーを着てちょうど良いくらいだった。食事を終え車に戻り、すき家の駐車場で「これからシートを倒して寝ようかな」と思ったとき、もしかして、もうお客様はお発ちになったのではと言う考えが、頭に閃いた。来た道を戻り、民泊の車庫の前を通ると、何とお客様の車が既になくなっていた。すかさず、車庫に自分の車をバックで入れた。車庫に入れたら、そのまま車の中で寝るつもりだった。

 ところが長男の嫁のY子さんが、民泊の車庫の様子を見に来て、私とばったり目を合わせてしまった。この時、朝7時頃だった。

 Y子さんは、「出て行ったお客様の車が(色は違うが)なんでまた戻って来てしまったのだろう?」と思ったらしい。私も今日16時までに来ることにはなってはいたが、まさか夜ほとんど眠れずに、朝の7時に来ることになるとは思っていなかったので、連絡しないで来てしまい、驚かせて大変申し訳なかった。

 Y子さんに挨拶をして、先にお土産を渡して、お客様が出て行ったばかりの民泊の部屋に通してもらい、無理言って、一つのベッドのシーツだけを剝いでもらって、取り敢えず仮眠させてもらった。1時間ほど寝ると元気になったので、部屋の掃除をしてもらった。私が連絡もせず、お客様とはバッテングはしなかったものの、早立ちのお客様とすれ違いに民泊に入ったため、大変迷惑したようだ。旅行も終わり八王子に帰ってから、この時の予定外の部屋の準備清掃がY子さんにとって 大変だったことを後で、息子からメールで知らされた。大いに反省し、今後は肉親であってもこのような、連絡もせず、前の客が出て行ってから何の準備も、掃除もしていない民泊にチェックインするようなことは、準備する側の予定を大幅に狂わせることになるので、避けなければならないと、大いに反省した。

 日本の諺に、「老いては子に従え」とある。誠に子供の言葉にはこれからよく耳を傾けるべきだと、肝に銘じた。しかし『老人をとがめてはいけない。』(テモテ第一5:1)と新約聖書に書いてあるのをご存知だろうか。私は若い頃この言葉の意味が分からなかった。何故若い人は『老人をとがめてはいけない。』のだろうか?私はずっと疑問に思っていた。そして自分がもうすぐ74歳になり、正真正銘の老人になってきて、やっとこの意味が分かった。老人は段々と自分の判断力が鈍くなり、体も若い時のようには自由に動かなくなる。しかし、それでも自分としては一生懸命色々なことを自分なりにやっているつもりなのです。でも、若い人が、側から見ると、何か変なことやっている場合も多いのです。それを咎めると、老人は生きて行く自信を失ってしまうのです。本人は、一生懸命やっているのに(実際はおかしなことやっている)それを敢えて咎められると、生きて行く自信を失ってしまうのです。だから聖書は『老人をとがめてはいけない。』と言っているのだなと、この年齢になって体験的に分かってきたのです。

 Y子さんには、お客様が早立ちした後の、民泊の掃除等の予定をだいぶ前倒しにさせてしまい、大変忙しい思いをさせて、今更ながら申し訳なかったなと思っています。

 午前中には、お客様が昨晩使っていた、シーツや枕カバーの交換、トイレ、風呂や、台所のシンクの清掃、ゴミ捨て、床の掃除機かけ、コーヒーや接待用のお菓子等の補充等、様々な細かなことを家族総出でしてもらった。お陰でとても快適な部屋になった。

 長男家族はとてもこの日は忙しくしていたので、私はこれ以上迷惑をかけてはいけないと思って、民泊のそばのラーメン屋に行って、一人で昼食を済ませ、KNさんが那須塩原の駅に新幹線で東京駅から着くまでの間、午後もう一度仮眠した。ちなみに到着は予定より少し遅れ、16時20分になると連絡が、KNさんから私の携帯にラインメールが来た。

 長男が、「自分は那須塩原駅にしょっちゅう行っているので、自分の車で一緒に迎えに行ってあげる」と言ってくれたので、民泊の備品や、消耗品で必要な物の補充の買い出しや、洗濯物を出したり、ゴミを捨てに行ったりしている忙しい中を、悪いと思いながらも、そうすることにした。15時50分頃、新幹線の停車駅である那須塩原駅へ迎えに出発した。民泊から那須塩原駅までは道はそんなに混んではいなかった。KNさん到着の10分前には駅前のロータリーに着き、そこで待った。

 ここでキリスト教の救いの概念について少しだけ触れておく。私の信じているキリスト教の救いとは、全く行いによるのではなく、神の恵みによって、キリストの十字架を自分の罪の身代わりとして信じるだけで救われるのです。罪があるまま、汚れたままで、神のもとに来て良いのです。自分が何か悪いことを改めて、真面目になってから、教会へ来て、神を受け入れ、キリストの救いを信仰しようなどと考えないことです。あるがまま、そのままで、信じれば救われるのです。『あなたがたの救われたのは、実に、恵みにより、信仰によるのである。それは、あなたがた自身から出たものではなく、神の賜物である。決して行いによるのではない。それは、だれも誇ることがないためなのである。』(エペソ2:8~9口語訳)

 ただ救われた後は、段々と俗なるものを捨てて行かなければならないことも聖書が言っていることです。もちろん自分の力によってではなく、神に頼り、イエスの霊を心に宿し、信仰の力によってです。『聖書に、「わたし(父なる神)が聖なる者であるから、あなたがた(信者達)も聖なる者になるべきである」と書いてあるからである。』(ペテロ第一1:16口語訳)と弟子の中でも指導的立場にいたペテロはハッキリ言っている。

 ただ『聖なる者にな』れと言っても、何をもって『聖なる者になる』かは、一概に言えない。 その標準は、信仰に入ってから日の浅い1~2年の信者と、50年以上も信仰している信者とでは『聖』の捉え方、理解について相違があって当然だろう。それは神の御言葉である聖書に照らし合わせて評価するしかない。また『聖』は神からいただかなければ、単なる人間の力や、努力で得られるものではない。神の霊、すなわち聖霊を、上から降していただかなければ得られないものであることを認識すべきです。

 もちろん信仰を持っている者も持っていない者も皆同じで、完璧な人間など一人もいないのです。神の赦しの中にあって、自分に与えられた能力を、一生懸命働かして、この世の人生を何とか精一杯生きているのです。しかし、信仰を持っている者は総てを支配し、善きものを与え、祈りに応えて下さる、自己を超越した神と言う存在を認め、やがて終わるこの世の人生の次に来る、新たな永遠に生きることが出来る世界を望みながら、希望を持って生きています。そこが違うところです。この世の繁栄だけが総てではないのです。このことを長男とその家族全員に知ってもらいたいと、常日頃私は思い、願い、彼らの為に祈っているのです。

 さて、16時10分も過ぎたので、車を降りて、那須塩原駅の2階にある、新幹線改札口へと向かった。改札の出口で待っていると、16時20分到着の新幹線から、多くの乗客が改札口から出てきた。しばらくすると、大きなキャリーバッグをゴロゴロ引きながら、ちょうど1年ぶりに、サングラスをかけマスクをしたKNさんが、遠く沖縄からやって来た。

 昨年の5月2日のゴールデンウィークに沖縄旅行に行ってから、ちょうど一年ぶりの再会。改札を出たところでお互い元気であったこと、久しぶりの再会を喜んだ。だいぶ良くなってはいるが、彼が以前、膝を痛めているのを知っているので、キャリーバッグは私が運んだ。那須塩原駅の2階から、エスカレーターで下に降り、長男が待っている車に向かい、トランクに荷物を乗せた。私は助手席のドアを開けた時、車の助手席左側のドアの下の縁のところを、歩道の縁石でガリガリと擦った。ドアの真下の縁の部分で、外側からは見えない部分であった。長男には悪いことをした。「色々なところに傷があるので気にしないで」とは言ってくれたので、ややホッとした。

 長男の写真をスマホでKNさんに以前送ってあり、初対面でも2人はすぐ打ち解け、お互い話が合うらしかったので、良かった。車内で久しぶりにKNさんと会話をしているうちに、すぐ民泊に着いた。

 KNさんはY子さんに挨拶、お土産を渡し、民泊施設の説明を受けた。広い居住スペース、Wベッド2台、コーヒーメーカー等の使い方、お風呂、シャワー、照明のスイッチ、部屋の鍵等の説明をY子さんから受けた。予約サイトで高評価、広くて、清潔で、静かな、お世辞抜きで素晴らしい民泊の部屋、かなりの金額をかけて改装したらしい。私は一度午前中に聞いているが、その時はほとんど寝呆けているような状態だったので、KNさんと共に再び説明を聞いた。

 沖縄からの旅は快適で、飛行機の運行、羽田からのモノレール、浜松町でのみどりの窓口での新幹線の切符の購入、山手線で東京駅へ、東京駅での昼食もゆっくり摂れて、15時12分東京発の新幹線、16時20分の那須塩原到着に至るまで、すべて順調に来れたらしい。私も無事に守られるように祈っていたので、感謝であった。

 KNさんに部屋でゆっくりしてもらった。アレコレ話しているうちに、夕食をしに長男家族と約束していた18時時40分になり、車2台に分乗、隣の大田原市にある、大田原牛で有名な、Yahooで星4つのレストランの「まつ坂」に行った。車で15分位、思ったより近かった。予約していた19時少し前には到着し、そこで、長男家族、KNさんと私6人で楽しく食事をした。大田原牛は美味しかったが、少し量が少なかった。KNさんと長男家族との話は盛り上がり、何故那須塩原に住むことになったのか、そこで民泊をやるようになったのか、話題は尽きなかった。私がここの店をネットで見つけ、今日の夕食を八王子の自宅から電話予約をしたのだった。20時半くらいになって、話は尽きなかったが、今日は長男もY子さんも、民泊の準備や、様々な備品の補充購入等で疲れているだろうし、KNさんも沖縄からの長旅で疲れているだろうから、話を切り上げ帰途についた。

大田原 「まつ坂」 リンク有 下をクリックしてください。

https://www.google.co.jp/search?q=%E5%A4%A7%E7%94%B0%E5%8E%9F+%E3%81%BE%E3%81%A4%E5%9D%82&sca_esv=3da5c569e43fb20e&sxsrf=ADLYWIIYIttGUMXCPj4S0yu2TJPYxYbWNA%3A1717473862740&source=hp&ei=RpJeZpGjK6ne1e8P3MmhgQM&iflsig=AL9hbdgAAAAAZl6gVn88I46Tz_zteOXQLE0v-nGe7mke&oq=%E5%A4%A7%E7%94%B0%E5%8E%9F&gs_lp=Egdnd3Mtd2l6IgnlpKfnlLDljp8qAggAMgoQIxiABBgnGIoFMgoQIxiABBgnGIoFMggQABiABBixAzIIEAAYgAQYsQMyCxAAGIAEGLEDGIMBMgUQABiABDIFEAAYgAQyBRAAGIAEMgUQABiABDIFEAAYgARIuUVQAFinRHACeACQAQCYAbUMoAGDF6oBCTAuNS4zLjgtMbgBAcgBAPgBAZgCC6AClBqoAgrCAgoQABiABBixAxgEwgIHEAAYgAQYBMICEBAAGIAEGLEDGIMBGAQYigXCAg0QABiABBixAxiDARgEwgINEAAYgAQYsQMYBBiKBcICBxAjGCcY6gKYAwqSBw0yLjUuMi4wLjEuNy0xoAf0Jg&sclient=gws-wiz#lpg=cid:CgIgAQ%3D%3D,ik:CAoSLEFGMVFpcE9GakRSNk9ueDZUelJfSjlUV3owRHdaUnZaZlVqeWNOUUlSQUYz

 さて長男家族と別れ、民泊に戻った。KNさんに、先にシャワーを浴びてもらった。シャワーから出ると、くつろいでいたKNさんは、いつも沖縄で観ているユーチューブを見ようとして、備え付けのTVをいじり始めた。ところがどうしてもセッティングがうまくできないので、長男に、私の携帯で電話して来てもらった。長男にはお疲れのところ、また迷惑をかけてしまったが、あちこち押したりしているうちに、ユーチューブは使えるようになった。しかし、番組の音声検索機能は十分には作動しなかった。長男も戻り、私もシャワーを浴びてしばらく9時のNHKのニュースなどを見ていた。

 私は今日の午後、ドラッグストアに行き、「ピルクルミラクルケア」を購入し、冷蔵庫に冷やしておいた。それをKNさんと夜9時過ぎに飲んだところ、二人とも疲れていたせいもあって、私はベッドに入ってすぐ眠くなり、KNさんはそばにあった毛布を丸めて枕がわりにして、TV前のソファーに横になって、21時のNHKのニュースを見ていたが、ニュースが終わらないうちに、眠り始めてしまった。私はKNさんが風邪をひかないように、ベッドにあった予備の毛布を掛けてやって、自分はすぐ布団に入り眠ってしまった。やはり朝3時に那須塩原に向けて八王子から車で来たことは、もうすぐ、5月には74歳になる人間には堪えたようだ。KNさんも、暫くして、ソファーからベッドに戻り、その晩は2人とも、グッスリと眠ってしまった。

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