2023/5/3(水)日記

2023年06月16日

第2日目 5月3日水曜日

5月3日今日からゴールデンウィークは後半だ。昨晩は良く眠れたので、朝は早く目が覚めてしまった。せっかく沖縄へ来て、風光明媚な北部、それも昨日はホテルの車で、瀬底大橋を渡り、瀬底島まで来たのに、まだどこも見物していない。瀬底ビーチが大変美しいところだと言う評判はネットで見ていたので、朝早く起きて、すぐ着替えて、まだ朝6時台であったが瀬底ビーチまで歩いて見ることにした。

スマホのグーグルのマップ頼りに歩いたが、島の中央の道路が一番近道だと言うことに気が付くまでかなり試行錯誤し、ゲストハウスの前の道路を行ったり来たりしてしまった。やはり全体の地形が頭に入っていないとグ-グルマップの検索では限界がある。途中で人にも聞いたりしながら、瀬底ビーチまで最短の距離を探しながら歩いた。ビーチに着く前に、途中野生の百合の花の群生があり、写真を撮った。百合の花は香りが強くて、花粉症の私には、鼻が刺激されるので苦手だ。しかし、とても綺麗だった。

朝7時半頃、道に迷いながらも瀬底ビーチに着いた。そばに「ヒルトン沖縄瀬底リゾート」が建っており、約3年前、2020年7月1日に開業したばかりの、新しいホテルだ。ビーチそのものは「素晴らしい」の一言。沖縄でも最も美しいビーチの中のひとつだろう。富裕層にとって、ヒルトンに泊まりながらすぐ前のビーチで遊べるのは最高のレジャーだ。https://hiltonhotels.jp/hotel/okinawa/hilton-okinawa-sesoko-resort (リンク有)

朝からここまで、道に迷ったこともあって30分~40分かかって歩いて来た。雲が切れると、朝なのに陽射しは強烈、さすがに暑い。帰りはかなり暑くなり、上に着ていた薄手のジャンパーと、長袖のカラーシャツまで脱ぎ、ランニングシャツの姿で歩く羽目になった。島を渡ってくる沖縄の海風が気持ち良かった。ただ5月はまだビーチで泳ぐには、海の水が冷たくて早いのではないかなと思いながら歩いていた。瀬底ビーチのリンク貼っておくので、クリックして見てください。 https://www.sesokobeach.jp/ 

今回の沖縄の旅行1週間は、残念ながらほぼ曇りであり、時々霧雨なような雨が短時間ではあったが降ることもあった。帰る1日前の5月7日日曜日の午後にはかなりの雨が降った。この時期、雨が降ればいかに沖縄でも、北部は気温が下がるので、やはり長袖の上着が必要だ。

少しまた道を間違えたり、引き返したりしながら、帰りは25分ほどで、ホテルに着いた。玄関から入り、すぐ1階の部屋に戻って、半袖に着替えて、朝食を摂った。トースト2枚と、マーガリン、ジャム、コーヒーと言う簡単な食事であった。ヒルトンは一泊2万~、ゲストハウスに比べるべくもない。こちらは年金生活者のケチケチ沖縄旅行だ。でもそんな旅行も超庶民的で楽しいものなのだ。ヨーグルトは、共用の大きい冷蔵庫にたくさん冷えていたが、食べるのを忘れてしまった。

部屋に戻りスーツケースに衣類等荷物をしまい、出かける準備をした。

昨晩部屋から、友達の NSさんにホテルに無事着いた旨連絡したところ、彼は何と用事があり、今沖縄の南部にいて、北部の八重岳の自宅に帰るのは夜10時頃になると言っていた。沖縄の南部と北部はかなり距離があり、車で2~3時間かかる。

昨晩遅くまで働いていたのに、今朝あまり早くこちらから連絡するのは気の毒に思えたので、連絡はなるべく遅くしようと考えた。でもホテルに迎えに来てくれる約束なので、遠慮しながらも午前9時前に彼の携帯に電話をした。すると、チェックアウトの10時頃には来れると言うことであった。ホテルの場所は瀬底大橋を渡り、すぐ上り坂があり、上り切る坂ノ途中左に、小さな看板があるので、そこを左折、少し行くと黄色い建物がある、そこがホテルだと説明しておいた。10時をだいぶ過ぎて10時15分ごろNSさんが、彼の奥さんが普段使っているダイハツの軽自動車でやって来た。https://tokyo360photo.com/sesoko-bridge 瀬底大橋(リンク有)

彼は半年前お会いした時より元気そうに見えた。腰の具合もだいぶ良くなっているようだ。ゲストハウスを後にして、スーツケースを後部座席に乗せ、私は軽自動車の助手席に乗り込み、2人で何処へ行くか考えた。まず何よりも、お姉さんのKSさんにお会いして、八王子で買って来た、お土産を渡すことにした。すぐにKSさんの家に向かった。 

KSさんは「サンライズ今帰仁」の共同住宅のような施設にお世話になっているが、その前は今帰仁の町の小さな家で一人暮らしをしていた。今日は外出し、昔の家まで来て、周りの草取りをしていた。もう廃屋ようになっている小さな家だ。ここに住む前は、SDA甲府聖書研究会の家に住み、10年程集会所の責任者を務め、文書伝道者として献身した後、引退して沖縄に帰り、生まれ故郷の今帰仁に戻り、小さな家で一人暮らしをしていた。彼女がそこでしばらくの間生活していた家なので、愛着があるのだろう。ここでも百合の花がたくさん咲いていた。静かな緑豊かな、閑静な住宅地であった。そこで何枚かの写真を撮った。彼女は半年前に八重岳ゲストハウスでお会いした時よりも、頭がハッキリしていて、元気そうだった。突然の訪問であるにもかかわらず、私が軽自動車の窓から顔を出して呼びかけると、家の前にいた彼女は、すぐ私が分かって、大きな丸い目をさらに大きくして、驚いた様子であった。ただそこは、蚊が多く飛んでいて、スマホで写真を撮っていた手を刺され、非常に痒かった。認知症の症状もだいぶ収まり、元気そうなKSさんと半年ぶりに再会して、とても嬉しかった。夕方になれば金城重博先生が組織された「サンライズ今帰仁」の共同住宅のような施設に帰り、大勢の同信のお婆ちゃん達と仲良く暮らしている。まずは幸せな境遇である。

さて、あまり長い間ここにはおれないので、彼女と別れ、次はどこに行くとか考えた。今回もフクギの里にどうしても行きたくて、NSさんに行ってくれるようにお願いした。実は彼はモズク採りを計画していたのだが、私は沖縄本島では、フクギの里と、備瀬崎が一番美しいところだと思っているので、無理して頼んだ。  

そんなに時間はかからず、間もなく、フクギの里に着くと、フクギの里宣言記念碑、その横に「渡口彦信」顕彰碑があった。「渡口彦信」氏は地元備瀬出身、地元に多大な貢献をし、比謝川ガスの創設者、初代嘉手納町商工会長などを歴任した。自給伝道組織の八重岳ゲストハウスを運営する比嘉恵美子さんの親戚の方だとNSさんが説明してくれた。この顕彰碑の建設に際し、NSさんが以前10年間も勤めていた、造園会社も工事の一部を請け負い、彼もこの顕彰碑造営の仕事に携わった。その顕彰碑の前に無料の駐車場があり、そこにちょうど1台空きがあり、スムースに車を止めることが出来た。

https://nakagawa33.ti-da.net/e7653647.html (リンク有 )


半年ぶりにフクギの並木を散策し(何と2万本ものフクギがある)、引き潮になっている海岸の堰堤道路も2人で歩いた。遠くに見える白い灯台は少し補修工事中なのだろうか、黒い防護ネットに先端の方が覆われているのが遠目に見えた。

フクギの並木の中をかなり歩き、備瀬崎まで後半分位のところまで来たとき、NSさんの知り合いの名護教会の信者さんがそばに住んでいることを彼が思い出し、久しぶりにそこに立寄った。ところがその家は最近ご主人を亡くして喪中であり、会うことはできなかった。帰ろうとして玄関の前を何歩か離れて歩き始めた時、お孫さんであろうか、若い男の方が出て来て、「このような時期に来ないでくれ」と、激しい譴責を受け、2人で謝りながら、その家を後にした。

備瀬崎の先端まで歩き、磯に降りて、ルリスズメダイや黒スズメダイ、その他数種類の熱帯魚の泳ぐ姿を、デジカメで撮影して帰って来た。 

https://www.motobu-ka.com/tourist_info/tourist_info-post-687/ フクギ並木(リンク有)

https://ananda.fun/okinawa-beach/30/ 備瀬崎(リンク有)


それから、ストアで弁当や野菜ジュースなどを買い、車中で2人で昼食を食べた。途中もう一軒買い物に寄ってから、恩納村の海岸に向かった。恩納村の海岸に着いたときは14時頃になってしまい、この頃は、空も曇り、風もあり、かなり寒くなった。NSさんが海岸の58号線沿いに住んでいる知人の老人に電話連絡して、その家の庭に車を止めた。今日はそこの家の一人暮らしのご老人は、用事があって外出しており、留守だったが、玄関を使わせていただき海パンに着替えた。海に入るための靴もお借りした。

支度が出来て、家の目の前の国道58号線を気を付けて横切り、恩納村の海岸に下り、太ももの辺りまで海に浸かりながら、遠浅なので安全ではあるが、かなり沖の方までモズクを求めて、NSさんと2人で歩いて行った。私は東京から持ってきたシュノーケルを片手に(結局、今回の旅では使わなかったが)もう一方の手には濡らさないように注意しながらスマホを持って、無謀にもザバザバと沖に向かってかなり歩いて行った。

5月の海は如何に沖縄とは言え、まだ本格的なシーズンではなく、特に今日5月3日水曜日ほとんど曇りで、たまに霧雨のような雨が降っていたのだ。海上を吹いて来る風も強かったし、風邪をひいては旅行に差支えるので、無理をせず途中で引き返すことになった。

シュノーケルは使うことはなかった。NSさんは、「去年はこの辺りでモズクを20キロ採取した。」と言っていたが、今年は全然生えていなかった。「もう少し沖まで行けば生えているところがある。」と、彼は言っていた。沖合100メートルほど行ったところ、既に潮が満ち始めていたので、そこが限界だった。もう私も若くはない。これ以上沖に行くのは無理で危ないと判断して、モズクは採れなかったが、途中で引き返すことにした。でも、学生時代の旧友と、恩納村の遠浅の海岸を、モズクを求めて、かなり沖まで2人で腿まで海に浸かりながら歩いたことは、楽しい経験だった。正に沖縄でしかできない、私にとっては大冒険であった。一生の記念だ。モズクはどこでも、買うことが出来るし、食べることが出来る、採れなかったことは問題ではない、海に入って遊べて良かった。

海から、無事陸に上がり、58号線を横切って渡り、国道沿いのNSさん知り合いのお爺さんの家によって、シャワーを借りた。腿までしか海に浸かっていなかったので、脚だけ洗わせてもらった。そこの家は結構大きな家であった。シャワーを借りたり、海へ入るための靴まで借りたのだし、失礼になるから細かくは書かないが、独居老人のこの家の風呂場は大変な状況になっていた。

さて既に午後3時を過ぎていたので、約束していた名護のホテル山田荘に向かった。歯科医の親友KNさんと午後4時にホテルで待ち合わせをしていた。

ここで何で先回、2022年11月20日から沖縄に旅行したばかりなのに、半年後の2023年5月2日にまた沖縄に行くことになったのか、その経緯を説明しよう。PCのウェブのニュースで、JALが全国どこでも一律お得な料金で行けるキャンペーンをしたところ、多くの方が申し込まれ、案の定コンピューターがパンクし、この募集はすべてがキャンセルになり、中止になったと報道されていた。そこでJALは新しい方法を考え出して、再び募集を開始することになった。すぐPCやスマホからの申し込みを直接にコンピューターで受け付けるとパンクするので、すべての申し込みをコンピューター上の、仮想待合室に入れることにしたのだ。そして早く受け付けた者から、順番に予約サイトに案内すれば、混乱が避けられる。

ウェブニュースに注意をしていたら、改めて募集の受付が始まった。4月7日金曜日23時30分より申し込み開始だ。実際に申し込みの操作が許され、予約サイトに接続が開始されるのは4月8日土曜日真夜中の午前0時から。すべての人の申し込みは、コンピューター上の仮想待合室に案内されて、一時保留となる。私も夜11時半ちょっと過ぎに申し込んでみた。そうすると、すぐ、あなたの待ち時間は50分ですと表示された。これでは実際に予約サイトに繋いでもらえるのは夜中の12時20分頃になる。金曜日の夜である、明日は教会にも行く予定だし、一時は今晩は諦めようかとさえ思った。しかし待てよ、スマホで同じ画面が出るはずだからと思い、スマホの方が早いのではないかと考え、スマホで申し込んでみた。そしたらあなたの待ち時間は5時間ですと出た。これではスマホはだめだと思った。結局、諦めの悪い私はPCの画面と睨み合うことしばし、何と接続まで後10分、後5分、後1分と表示されてくる、もうドキドキである。そして4月8日真夜中の12時20分頃、JAL特別キャンペーンの予約画面が開いた。

最初は石垣島に行こうかと思い(全国一律料金なので、遠方の方がお得)入力を始めたが、実はこのキャンペーン、予約日限定で5月2・8・9日の3日間だけ(6月にも第2弾があったようだ)。その他の日に予約すれば普通の料金になってしまう。そこで最短は5月2日火曜日に出発、5月8日月曜日に帰るプラン。でも石垣島にそれほど長い間いて、どうする?昔若い時1年間石垣島にいたこともあるので、私を知っているSDAの信者が数名は健在でいるかも知れないが、さすがそんなに長逗留はできない。そこで、やっぱり友達のいる、沖縄本島にしようかと思い直し、予約サイト入力をやり直したら、予約出来てしまった。もう我ながらビックリ。若い人はPCやスマホでアッと言う間に予約が出来てしまう。しかし、73歳になるこの年寄りが、アタフタとやって、このような希少な航空券が手に入ることはまずないでしょう。

行き

2023年5月2日(火) JAL909便

東京(羽田) 09:55発 沖縄(那覇) 12:50着

帰り

2023年5月8日(月) JAL906便

沖縄(那覇) 12:10発 東京(羽田) 14:35着

それからが、大変だった。まだゴールデンウィークまで一ヶ月あると言うのに、沖縄のホテルはほとんど満室で予約が取れない。4月9日日曜日に、ほぼ終日PCに向かい、また、沖縄のKNさんにもお願いして、Tのマンションのゲストルームや、瀬底島の「もすらのたまご」名護の山田荘などを予約することが出来た。要するに今回の沖縄旅行は、JALの特別安い航空券が取れたから計画を立てたのであって、それが最も大きい動機だった。

さて名護の山田荘の駐車場に、NSさんの運転する軽自動車で着いたのが16時10分前、駐車場で待っていると、5分ほどして懐かしいいベンツのSUVに乗ったKNさんがやって来た。半年ぶりの再会だ。お互いに笑顔で挨拶を交わし、ベンツをどこに止めるか決めて、そこに駐車してもらった。https://travel.rakuten.co.jp/HOTEL/43946/43946.html (リンク有)

山田荘にチェックインを済ませ、すぐにまだ早い時間ではあったが先生のベンツに私もNSさんも乗せてもらって、名護の大戸屋まで夕食をするために出かけた。鶏肉とお豆腐ねばねば野菜のトロトロ煮としそひじきご飯、たっぷり野菜の麦みそ汁、ドリンクバーをKN先生、NSさん、私3人同じメニューで食べ、お腹いっぱいになった。楽しい昔話をたくさんして、またプチ三育学院大学同窓会(寮の同部屋の3人)を半年ぶりにしてしまった。歯科医のKN先生がご馳走して下さった。また今回の旅行では各施設の入場料、食事代、山田荘や、KN先生のマンションのゲストルームの宿泊料までお世話になってしまい、恐縮の限りです。如何にKN先生が歯科医院を経営し、経営も順調で先生自身もお元気で、生き甲斐を持って、毎日ハツラツとお働きになっているとは言え、少し今回は先生に甘えすぎてしまったかなと不肖田中清二反省しています。  

食後は、名護の市民の憩いの場である、ビーチすら整備されている広大な公園、国道58号沿いに広がる「21世紀の森公園」を3人で散策した。

2000年沖縄サミットの報道センターが置かれた場所に造られた広大な敷地を擁する公園だ。体育館や屋内運動場、サッカー場、ラグビー場、相撲場、市民会館、野外ステージ、ビーチなど多彩なスポーツ・文化施設があった。この公園の中にある名護市営球場は、日本ハムファイターズの春期キャンプ地で有名。

こんな広い素晴らしい公園がこんなに近くにあって、いつでも利用できるとは、名護の人達は大変恵まれている。1時間ほど歩いて、十分お腹もこなれたので、今日の宿泊先山田荘に向かった。

https://www.tripadvisor.jp/Attraction_Review-g1023465-d12391381-Reviews-21st_Century_Forest_Park-Nago_Okinawa_Prefecture.html    (リンク有)

山田荘はゴールデンウィークの最中、中々宿泊先が見つからなかったにもかかわらず、KNさんが沖縄で苦労して探して、4月9日に予約して下さった。そして、本日5月3日水曜日と明日5月4日木曜日、先生とツインベッドの部屋で連泊することになった。

山田荘に帰って来て、そこで先にKNさんには部屋に入りシャワーを浴びてゆっくりしてもらうことにした。私はNSさんが乗って来て、駐車場に止めてある軽自動車を借りる約束になっていたので、NSさんを八重岳の家まで送ることにした。

自分で運転した方が道を覚えるので、NSさんに助手席に乗ってもらって、いよいよ軽自動車を運転した。

八重岳ベーカリーのそばにあるNSさんの家に行こうと思っていたら、その途中で明日の仕事の為(植木の移植)2トントラックを那覇で使用するため、県道の 八重岳まで登らないところを左折して、NSさん所有のトラックが駐車してある空き地で、彼を降ろした。山田荘への帰りの道は、目印になるようなところを良く見て運転して来たので、道に迷うことなく、夜の暗い中にあっても、迷うことなくホテルに帰って来ることが出来た。(NSさんの本職は植木屋である)

山田荘の部屋に入るとKNさんはもうすっかりシャワーを済ませてリラックスしておられた。その日は私も少し疲れていたので、すぐシャワーを浴び、あまり話し込むこともなく、早めに就寝した。

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