2019/10/14(月)日記

2019年10月14日

 

  2019/10/14(月)日記 

 10/14月曜日祝日、この日こそ、この日のために沖縄に来た。

 話は前後するが、この日の午後3時半ごろ、KNさんのマンションに帰って来て、部屋に入り、歯科医院から持ってきた、簡易なリクライニングシートに横にならせてもらい、部屋に既に置いてあったリクライニングするシートと共に、2つ並べて2人とも横になりリラックスしながら、素晴らしい眺望の、窓から、海の向こうに沈んでいく、夕日を眺めながら(残念ながら雲が多く、あまり見えなかったが)お互い今まで辛かったことを語り合った。

 私は、昭和62年6月23日に郵便局長になり、それから3か月後の9月15日(当時の敬老の日)に、2人の子供を、タクシーから降ろされ、家の庭の前にある道路に、その後まもなく離婚した前の家内に、置いて行かれたことを鮮明に覚えている。そんなことを、包み隠さず、話していると(日付までは正確には話さなかったが)ついにKN さんは、自分が歯医者になった経緯や、勤務医で11年、現在のO町に開業して13年、合計24年の歯科医としての仕事、その結婚生活、離婚の理由等、事細かに私に話してくれた。

 あまりにも衝撃的内容に、私はもう、気を取られてしまい、口の端から、よだれを少々垂らしてしまったようだ。昔から、何かに夢中になり、神経があることに集中すると、よだれを垂らす癖がある。KNさんは親切にも、私の半袖ポロシャツの襟の端で、手を伸ばして、拭いてくれた。誠に、お恥ずかしい限りです。

 しかし、それほどの衝撃的告白であった。内容についてはここでは書かない、家内にも言っていない。秘密にすると約束したから。

 彼は、私が経験した、10倍以上の辛い苦労をして来たのです。クリスチャン同士の結婚にそんなことがあって良いのかと思う程の出来事でした。今の歯科医師として、51歳の時、個人医院を開業し、成功に到達するまでは、職業においても、苦労し、また特に、結婚生活、その後の離婚と、普通の人では耐えられないような、悲惨な出来事を経験してきたのであったのです。

 ただ、今後の彼の健康と、今順調に運営されている彼の歯科医院の増々の繁栄と、幸せを、また出来れば、良いパートナーが与えられるように、これからも陰ながら、お祈りしていこうと思っています。

 さて順序は逆になったが、朝起きると、KNさんは、いつも習慣になっている、シャワーを浴び、ゆっくりしていた。今日は休日で歯科医院は休みである。まだTVがないので、アイパッドで台風19号の被害のニュースを見たりして、朝の時間を過ごした。8時間くらい寝たので彼は、少しは疲れがとれたみたいで良かった。

 彼は一切食事の準備等は自分ではやらない。すべて外食であり、ブランチと、夕食の2食主義です。昨日、午後4時頃に大家で食べた、沖縄そば以外に腹に入れてないので、さすがに腹が減ってきた。近くの、スターバックで、サンドイッチとコーヒーを食べて、朝食兼昼食とした。たぶん既に、11時を過ぎていたはずだ。

 そこから車で、空港が見える、穴場であるS島と言う小さな島へ行った。そこを一回りして、少し散歩したりしながら、歯科医院に行って、写真を撮った。

 医院は、大変綺麗で、待合室もよく整理整頓、美化され、ホテルのような雰囲気であった。あらゆる設備を見せてもらったが、診療器具等の入れ換えもあり、維持にはお金がかかりそうであった。彼は、この歯科医院の運営に、時間と、情熱を注ぎ込んでいることが感じられた。特に従業員の確保、また給料の支払い等、事務的な労力は大変であろう。4人雇っていると言っていた。審美歯科に力を入れているらしく、その専用の場所があった。帰りに、医院からポータブルのリクライニングシートを持ち出したので、何に使うのか言ってくれないので、わからなかったが、後で私とじっくりマンションの部屋でリラックスしながら会話の時間を取るためのものだとわかった。歯科医院ではずいぶんたくさんの写真を撮った。デジカメで撮ったので、後で編集してグーグルフォトへ落としてラインで送信する予定です。そのあと、マンションへ帰り、マンションの入り口やマンションの1階の共用部分である、玄関応接設備があるところで、また、たくさんの写真をデジカメで撮った。

 その後、部屋に帰って、多くの時間をお互いの辛かった経験を打ち明け合って、時間を忘れるほどであった、前述したとおりです。

 気が付けば、既に午後6時半頃になっていたので、夕食に外に行こうということになって、私は「せっかく沖縄に来たから、ゴーヤチャンプルーを食べたい」と言うと、彼が早速、スマホで検索したところ、幸い近くに1軒店があった。すぐ電話して確認してから、車で出かけた。その店のゴーヤチャンプルーは、油があまり使われていなくて、大変美味しかった。食事から帰って来て、今度はマンションのゲストルームに案内された。そこで今晩は一人で泊り、朝早く出立するつもりである。もう朝は彼も歯科の仕事があるし、ここでお別れとなる。(もしかすると食事をする前に案内されたかも知れない)

 とりあえずゲストルームに先にスーツケース等を置き、鍵の返す方法‐メールボックスにカギを返すために入れるのであるが、その開け方とか教えてもらった。

 もう一度彼の部屋に行き、今度はローマ書の救いの話をしたのだが、熱中してしまい、午後9時には失礼するつもりだったのに、10時過ぎまで話し込んでしまった。そして、ついに別れの時が来て、お祈りして、終わりになるはずだった。

 しかし、ここでもう一つ思い出した。「タクシーで空港までどのように行ったらよいでしょうか。」、KNさんに聞くと、「近くにタクシーの乗り場があるので、そこまで案内しましょう」と言ってくれた。

 2人でマンションの部屋を出て(何か数回前から、ドアの自動ロックがうまく作動しなくて、彼はガチャガチャと触っていたが、正常にならなかったので、手動で締めた)再び彼の車に乗って、Y電機のそばにあるタクシー乗り場まで行った。

 そこに一台の個人タクシーがいたので、ドライバーにKNさんが「明日の八時頃タクシーを回せないか。」と尋ねたところ、ドライバーに「無理だと」言って断わられた。

 そこでびっくりするような沖縄のタクシー事情を知ることになった。東京では、タクシー会社に、例え何時であろうと電話すれば直ぐ来てくれるが、沖縄ではそうはいかないのだ。

 沖縄は小さなタクシー会社が多く、人手不足で、24時間対応になっていない。

 あらかじめ、頼んだ、タクシー会社が、朝の指定時間に、迎車を出せる状態なのか確認しておかねばならないのだ。スマホでKNさんが、あるタクシー会社を見つけ出し、電話をすると、既に夜10時はとっくに過ぎており、タクシー会社は留守電に切り替わり、明日7時半からの営業とのアナウンスが流れた。

 暗い、Y電気の前、道路を隔てた、タクシー乗り場の近くのベンチに2人で座りながら、私がKNさんに、「明日またそのタクシー会社に電話するから、電話番号を教えて下さい、メモするから。」と言うと、私のアナログ頭と、非能率に、彼は少し呆れ気味に、「田中さんのスマホから、もう一度、今したタクシー会社に、電話すれば、通信履歴が残るので、そこからすぐ電話できますよ」とアドバイスしてくれた。そのようにもう一回、私のスマホから、彼の読み上げる番号で、タクシー会社に電話をして、履歴を残した。

 「田中さんはやることが遅いですよ、人生短いのだから、時間は大切に使いましょう」と言われた。

 私は、検索や、新しいアプリのダウンロード等、また、スマホの文字入力にも、大変な時間がかかる。KNさんの言う通りなのです。

 KNさんは「アプリも並べなおして、使う頻度の多いアプリは、一つの画面にまとめておくと便利ですよ」と親切に自分のスマホ画面を私に見せて教えてくれた。

 八王子へ帰ってから、そのことを思い出し、アプリを使用頻度が多い順に、並べ替えることが出来た。大部時間の節約できた。友の忠告には、素直に従うべきだと思った。

 さて本当に別れの時が来て、また車に乗って、2~3分で、マンションに戻り、最後、お互いの健康に注意するように挨拶をして、彼は自分の部屋へ戻り、私はマンションのゲストルームに入り、シャワーを浴びた。もう12時近くになっており、すぐ寝た。ゲストルームはもったいないほど広く、ベッドが2つあり、マンションと同じような間取りであった。

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