テモテ第二

     テモテ第二の手紙
 私のような無学なものがパウロ書簡を、ある程度系統立てて研究するなど、大それた企てとは思うが、自分の信仰の根拠となっている御言葉であるので、敢えて人の為ではなく、自分の為にも、この挑戦に取り組もうと思う。個人的な書簡研究なので、順序は逆になるかも知れないが、パウロ晩年に書かれたと思われる書簡から、あえて逆にたどって研究して行こう。
 パウロが紀元62年ローマに到着し、その後一度釈放され、紀元67年に、再び皇帝ネロによって捕らえられ、獄中で首を切られて殉教したことは、多少聖書の年代に前後はあるかも知れないが、定説になっている。イスパニア(スペイン)伝道に意欲を持っていたことがローマ15:24からも覗える。諸説あるが、私はイスパニアにはパウロは行かなかったのではないかと思っている。

 さて、まずテモテ第二の手紙から取り掛かることにしよう。
 たぶんこの書簡はパウロがローマで書いていると思われるので(テモテ第二2:17参照)晩年の最後の書簡であることがわかる。パウロがローマで処刑されたのは紀元67年頃である。紀元62年頃にローマで投獄され、その後一度釈放された、そして再び捕らえられて、紀元67年頃処刑された。しかしこれには諸説あり、一回の投獄のみで、そのまま解放されずに処刑されたという説もある。細かいところはともかく、どの学説も、このテモテ第二の手紙がどうもパウロが書いた最後の手紙になることは一致しているようだ。
 たぶん、ローマの牢獄から一度解放され、再び捕らえられる前後に、このテモテ第二の手紙を書いたと考えられる。解放された短い期間、ニコポリス(テトス3:12参照)でクレタ島にいたテトスへ手紙を書き、エーゲ海近辺で宣教していたと推測される。私は個人的ではあるが、テモテ第二の手紙4:17に主がパウロのそばにおられ、闘技場の獅子の口から救われたという記述から、この手紙は2回目の、パウロ最後になるローマの牢獄で書かれたのではないかと思っている。エペソの教会責任者をしていたテモテに対して、ローマ監獄にいる自分のところに、冬になる前に来てくれるように書いた。
 いずれにせよテモテ第一・第二とテトスへの手紙は、一般的には牧会書簡と呼ばれ、教会の指導者宛に書かれたものである。教会をどのように牧し、運営していくかに焦点が当てられている。この書簡における、贖罪に関するパウロ神学の要旨と、具体的な特に最愛の弟子テモテに対する、行動指針が書かれている。

 テモテとはどんな人物なのだろうか?使徒行伝16章1~3によればテモテはリストラ出身で、父親はギリシャ人、母親(ユウニケ)はユダヤ人。祖母の名はロイス。パウロは第二次伝道旅行にテモテを連れて行くにあたって、その地方に住むユダヤ人の手前、多分宣教に差し障りが出ると考えたのであろう、彼があれほどガラテヤ人への手紙等で非難していたユダヤ人の習慣である割礼をテモテに受けさせた。
 

 さてパウロ神学のテモテ第二の手紙での強調点は、キリストと共に霊的意味で、肉の自分が十字架で死に、キリストと共に新しい命に霊的に復活することです(テモテ第二2:11参照)。キリストと共に新しい命に生き続けることは最も大事な信仰の生き方です。
『......よみがえったイエス・キリストを、いつも思っていなさい。これがわたしの福音である。』(テモテ第二2:8口語訳)
 復活したイエスの命の霊を、いつも自分の内に霊的に自覚し、キリストと共にいつも生きること、キリストにあって新しく創造されることが最も重要な生き方です。このような原理に従って生きている人が真の意味で霊的イスラエル人であり、このような人に神の平和と憐みがあるように(ガラテヤ6:15,16参照)。
 テモテ第二の手紙のもう一つの重要なテーマは恵みによって強くなることです。『主を証しする』(テモテ第二1:8)ことを、恥ずかしいと思ったり、臆病であってはならないとテモテに対して強く勧めています。弱いままのクリスチャンではなく、恵みによって信仰の勇者になるように愛するテモテに期待をかけている。
『キリストを否むなら、キリストもわたしたちを否まれる』(テモテ第二2:12新共同訳)
『ポンティオ・ピラトの面前で立派な宣言によって証しをなさったキリスト・イエス......』(テモテ第一6:13)この方が私達の模範です。主の証しをこの世に対してする為に私達は召され、たとえその結果、投獄されようと、命を取られようと、神と人に対して信仰の証しを大胆にしなければならない。
 さらに、キリストがお命じになっている大事な 人間に対する愛の戒めがあります。それは、友を自分の命を捨てるほどに愛しなさいと言うことです。これが第一と同様に重要な第二の戒めです。
 イエスは律法と預言者(律法の書と預言の書)、つまり聖書全部は『「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」これが最も重要な第一の掟である。第二も、これと同じように重要である。「隣人を自分のように愛しなさい。」律法の全体と預言者は、この二つの掟に基づいている。』(マタイ22:37~40新共同訳)と言われ、分厚い聖書をこの数行の言葉で要約された。

 原点に戻って考えれば、『「心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。」』 これが第一の神に対する戒めです。これをないがしろにして、もっぱら隣人に対する愛のみの実行で、信仰が終わってはならない。もちろん自分の命を捨てるような思いで、人を愛することは同様に大事なことではあります。

 神と私の間の第一の契約は、私達が全身全霊をもって主を愛し、主に仕えることです。それはイエスが全身全霊をもって私達を愛してくれたからです。命懸けの愛には、命懸けの愛 をもって応えていかなければならない。もちろん自分の信仰の力でそのようなことは出来ない。ただ、神の御恩寵と、上からの聖霊の力によって、そのような勇気が与えられ、そのように反応できるように、造り変えて戴けるのです。
 

 テモテ第二の手紙には、パウロが最晩年に残していったさらにいくつかのメッセージがあります。以下列記する。
救いは私達の行いではなく、神の計画と恵による。(テモテ第二1:9)
自分が学んだ教えを、他の人を教えることができる、忠実な人々に 委ねる。(同2:2)
自分の教えと自分に委ねられたものを守る。(同1:14)
自分を清める。(同2:21,4:5)
俗悪な無駄話を避ける。(同2:16)
若いころの情欲を遠ざける。(同2:22)
反抗する者をやさしく教え導く。(同2:25)
愚かな無知な議論を避ける。(同2:23)
御言葉に仕えることに専念する。(同2:4,4:5)(テモテ第一4:13)
迫害と苦難に耐える。(テモテ第二3:11,12)
宣教にどんな状況でも励む。(同4:2)
世を去る時が近づく。(同4:6)
信仰の道を走りとおし、義の栄冠を受けるばかりだ。(同4:8)
トロフィモ(エペソ出身‐使徒行伝21:29)は病気なのでミレトスに残してきた。(テモテ第二4:20)

 使徒行伝19:11~12を見ると、第三次伝道旅行(紀元53年頃)の際、エペソでパウロは目覚ましい奇跡を行い、パウロの着用していた、手ぬぐいや前掛けを病人に当てると病気は癒された。しかし、それから約14年たちパウロ最晩年のテモテ第二の手紙では、病気のトロフィモは神癒によって即座には癒されていない。パウロの癒しの賜物はどうなったのだろうか?疑問は残る。

冬になる前にローマに来てくれ。(同4:21)
トロアスに残してきた外套を持ってきてくれ。(同4:13)
羊皮紙の書物を持ってきてくれ。(同4:13)

© 2019 トムの旅日記、 東京都墨田区押上1丁目1−2 東京スカイツリー
Powered by Webnode
無料でホームページを作成しよう! このサイトはWebnodeで作成されました。 あなたも無料で自分で作成してみませんか? さあ、はじめよう